不適合なあくま
ある日「娘のリーカを立派な悪魔として育てあげてくれ」と悪魔王はのたまった。
十歳にも満たない幼女と、その使い魔らしい四匹の猫が転がり込んだ先は、全く似ていないと噂される双子の悪魔が暮らす屋敷だった。
「可愛くねぇ……このくそ猫。おい見たか、いま唾を吐き出しやがったぞこいつ。ころころと白玉団子みたいなボディしてるくせに」
挑発的な赤い髪と瞳をもつモルガノが、真っ白な猫をその腕に抱きながらやはり挑発的な口調で吐き捨てる。
しかしその正面に立つ兄のニールニールは、口に手をあてて俯きながら、少しずれた事を口走った。
「……ふむ、シラタマ。なるほど思いつきましたよ。この使い魔たちの名を、これからはシラタマ、アンコ、みたらし、ゴマと呼んでみては如何でしょう」
「いや如何でしょう、じゃねぇよ。てか元々こいつら名前あるから」
「君が抱いているのがシラタマ」
「話通じねぇな。いやそうじゃなくて、こいつら名前あるよね? タマ、ミケ、マル、ジュリアーヌ……リーカが付けた名前あるんだけど」
「いえ、今日からはシラタマ、アンコ、みたらし、ゴマです」
「……ちょっと横を見てみろよ。凄い悲しそうな顔してお前を見てるリーカと目を合わせてみろよ」
「ああ。では、タマ・シラタマ、アンコ・ミケ、みたらし・マル、ゴマ……とこのように、リーカと私の意向を汲んだ名を付けてみては如何でしょう。どうですか、リーカ?」
「いや途中からほぼお前の意向にすり替わってるしな。てかジュリアーヌに至ってはゴマになってるよね」
横から挟んだモルガノの言葉は、ニールニールの耳には入っていないようだった。
ニールニールはリーカの視線に合わせるように屈んでから、眼鏡の奥の瞳を細める。
問い掛けるように首を傾げたとたん、柔らかい金の髪が横に流れた。
「……いちばん大切なのは、この子たちがなんて呼ばれたいかだから。この子たちの気持ちにゆだねますね。だから、わたしのことは気にしなくてだいじょうぶですよ」
花がほころぶように微笑んだリーカは、まずはニールニールに、そして振り返ってモルガノに笑顔を見せた。
途端、双子の心の中になんとも言い表せない感情が生まれてくる。悪魔として、この感情を否定しなければならなかったが、決して嫌な感情ではないと双子は自覚していた。
気を取り直すように、ニールニールが口を開く。
「リーカもこう言っていることだし、使い魔たちに意見を求めましょう。――名前について、なにか意見はあるかい?」
ガタガタガタガタ。
ブルブルブルブル。
使い魔たちは一斉に身体を揺らし、首を横に振った。
「……いま明らかに怯えてたけどな。なぁお前なにしたの? なんでお前に対して怯えてんのこいつら」
「全く、君はいちいち煩いですね。小舅ですか。猫たちが文句なしと言っているのだから問題ないでしょう」
「これを見て問題なしと断言するお前がこわいわ」
ふう、とニールニールは息を吐く。
「そもそも君が『白玉団子みたい』と言ったのが発端でしょう。君は責任の一端を握っている、という自覚をもつべきなのでは?」
「俺なの? これ俺のせいなの? え、どう考えても違うと思――」
その時、モルガノの腕の中にいるタマ・シラタマがぺっと唾を吐いた。
「……もういい。テメェ、このみょうちくりんな名前という業を背負って生きろよ」
モルガノがタマ・シラタマに向かって眼光をとばす。
次の瞬間にはモルガノの顔に向かって唾がとんだ。
「いつもなかよしですね、モルガノとねこちゃんたち」
「本当ですね。羨ましいですよ」
微笑みながら見当はずれな感想を述べるリーカに、ニールニールは棒読みで応えた。
悪魔王に託された、一人の少女。
今後の悪魔界を担うであろう彼女の微笑みは、悪魔の心すらとかしてしまう。
「そういえば知っていますか、モルガノ」
双子の兄からの問いかけに、弟は首を傾げて顔をしかめた。
「なにを」
「悪魔王はかつて、天界の住人だったという事です」
かつて大天使と呼ばれていたその者は、ある日堕天したその先で『悪魔王』と名乗った。
「つまり元々は、天界サイドの住人というわけですよ」
モルガノは顔をしかめたまま口を丸く開け放ち、いくらかの間をおいてから長い長いため息をつく。そしてそのまま絶句していたのだが――
唐突に、何かの糸が切れてしまったかのようにうなだれた。
「……まじか。まじかよあのオヤジ……。てことはあれか、その娘である彼女ももちろん……」
「そういう事です。彼女を悪魔として教育するのは、少々骨が折れるかもしれませんね」
全く似ていない双子は、息をあわせたかのように同時に同じ場所を見つめる。
そこには使い魔と戯れる、幼い少女の姿があった。
まるで天使のような微笑みを浮かべている。
双子は顔を見合わせながら、短い嘆息をもらしたのだった。