09
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二日ぶりに店を開けると、ネロはまずブランテにペル・メルとパニーノを出した。そして、「これは俺の奢り。二日間ありがとうな」と照れながら言った。ブランテは一瞬だけキョトンとすると、すぐに顔を戻してペル・メルに口を付けた。
「最近、俺にパニーノ出すときはこればっかり出すけど、何か理由があるのか?」
ペル・メルを飲み干してからブランテはそう尋ねた。別に、このカクテルに飽きたとかそういう意味ではなく、ただ純粋な疑問である。その疑問に対し、ネロは少しだけ笑みを浮かべながら答えた。
「別に……ブランテが好きみたいだから、かな。それって、食前酒なんだ。ブランテはミント系のカクテルが好きみたいだからミント系の食前酒を色々出してみたけど……ペル・メルを一番美味しそうに飲んでくれた。それだけだよ」
「へぇ……」
二人は何だか恥ずかしくなってお互いに顔を背けた。そしてネロは、ストレートに言い過ぎたと少し後悔をしていた。ブランテは誤魔化すようにパニーノにかぶりついた。
そうして二人の間に沈黙が流れていると、店に一人の客が入ってきた。
「いらっしゃ……あ…………」
銀色の長い髪、青い瞳。白と青のシンプルなワンピース。頭の左側にはクロユリの花をつけている。あの時の少女がそこに立っていた。
「…………二日……」
カウンターに向かって歩き適当に座ると、少女はボソッと言った。
「二日?」
「……この二日間、店に来てもやってなくて、やっと開いてるときに来れたと思ったら…………」
一瞬だけブランテを見て少女はため息をつき続けた。
「まさかパン屋にいた牛乳屋さん行きつけの店だったなんて」
「…………」
「…………」
まさかナンパを本気でナンパと思っていないとは夢にも思っていなかった二人は反応に困った。『牛乳なんて売っていませんよ』と、突っ込むことも出来ない。
少し微妙な空気が流れる。しかし少女はそれを気にもとめず、ネロに「オススメのカクテルをください」と言った。なかなかマイペースである。
「二日間店にきて、やってなくて、それでももう一回この店にきたってことは……好きなのか? カクテル」
パニーノを平らげネロにカクテルを頼むと、ブランテは少女に話しかけた。少女はにこりともせず、無表情とも仏頂面とも言えない表情で短く答えた。
「興味はあるけど飲んだことはないの」
簡潔な答えを気に入ったブランテは「じゃあ、酒は何が好きなんだ?」と、さらに質問をしようとした。しかしそれは、彼女の「ちなみに」という付け加えの言葉によって遮られた。そのためブランテはパニーノを一かじりして、彼女が続きを言うのを待つ。
「私は、お酒を飲んだこともないの」
「…………え?」
驚きを隠せなかったのはネロだった。『オススメをください』なんて言われたものだから、てっきりお酒は飲み慣れているのだと思い込みアルコール度数の高いショートカクテルを作ろうとしていたのだ。
「はははっ、酒を飲んだことないのにオススメを頼むのか……なかなか面白いな」
「……お酒、分からないから仕方ないじゃないの。……悪い?」
「いーや? ちっとも」
ブランテは笑い、少女は少し拗ねたように言った。そんな二人を見て苦笑しながらネロは少女に出すための度数の低いカクテルを作り始める。
「お待ちどう様。オペレーターだよ。度数が低いから飲みやすいはず」
「……綺麗な色」
「まあ、カクテルだから」
目の前に差し出されたコリンズグラスを少女はまじまじと見つめた。緊張のせいかネロの少女に対する態度が少し素っ気なくなっているのだが、気付く様子はない。唯一それに気付いているブランテは、パニーノを食べながら二人をニヤニヤと見守っていた。
オペレーターを一口飲むと、少女は少し不満そうな顔をした。それを見て、ネロの表情がみるみるうちに曇っていく。
ネロは、彼女がスフォリアテッレを大量に買っていたのを見て、彼女が甘党ではないのかと予想をたてていた。だから、オススメを頼まれて最初は甘いカクテルを作ろうとしていたのだが、度数の低いカクテルに変更したため甘さを控えたカクテルを作ってしまったのだ。好みではないカクテルを作ってしまった。ネロはそう自分の失敗を確信して後悔し始めていた。後悔先にたたず。
しかし、幸いなことに事実はそうではなかった。
「美味しいけどジュースっぽいの」
「…………」
そう、彼女はアルコール度数が低いことに不満を感じていたのだ。こればっかりはどうしようもない。
勝手に落ち込み始めていたネロは「度数を落としたから」と力無く笑った。