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それから一ヶ月が経った。戦争は無事終わり、フィネティアのシステムは少しだけ変わった。
まず、戦争はフィネティアに対してシャンテシャルムは何も請求しなかった。それどころか、フィネティアに乗り込む寸前だったトイフェルにシャンテシャルムが謝罪し、事を穏便に済ませた。王女曰く、「戦争の原因は国のトップにあり、国民はただそれの犠牲になっただけです。国民は、何も悪くありません。だから私は、国民を苦しくさせるような真似はしません。恨みは、連鎖するものですから、ここで終わりにしましょう」ということだそうだ。とんでもなく、出来た王女である。この件でその美貌も相まってシャンテシャルム王女の人気が高まったのは言うまでもない。
フィーニスは騎士団長をやめた。あんなことをしても地位を保てるほど国民は甘くなかった。更に国王も責任をとり、王の座を別の名家に譲った。次の国王は、まずシャンテシャルムと友好な関係を築くことを第一とし、魔術への感情を変えるところから始めた。シャンテシャルム王女は、二十年前フィネティアに起きた魔術事件に関する調査への参加を名乗り出て、これから調査が始まろうとしている。これからどうなるかは、まだ分からない。
トリパエーゼにはまた平和な日常が訪れていた。最初、実はエルフとセイレーンのハーフであるという事実が発覚したロレーナへの対応に皆困ったが、これまで築いてきた関係はそう簡単に崩れるほど弱いものではなかったらしく、徐々に今まで通りに戻っていった。
ロレーナは、名前を本名であるロチェスに戻そうか悩んだが、周りがロレーナのままでいいと口を揃えて言ったのでロレーナのまま生きることにした。ただ、金髪を隠すことをやめたようだが(翼は出し入れ自由らしい)。
「ロレーナぁ! お腹すいたー!」
店舗スペースの更に奥に入ると、ナディアはよく通る声でそう言った。
「もー、ナディアちゃん? 私の家はぁ、パン屋なんですからぁ、いい加減、お金もらいますよー?」
その声に反応して、調理場の奥からロレーナが顔を出す。その顔は呆れ顔だ。
「商品にならないやつもらってるからいいんだもーん」
「全くもう……」
そう言って二人は笑いあった。二人の関係は相変わらずらしい。きっと、これから先もそうなのだろう。
長らく帰ってこなかった騎士団たちがトリパエーゼにも帰ってきてロドルフォは心なしか嬉しそうだ。
「ったく、なーんで帰ってきて一番にお前の顔を拝まなきゃいけないんだかな。酒もまたここでしか飲めなくなったしよー」
「嫌なら飲まなきゃいいだろ。俺だってお前の顔なんざ見たくないね」
ロドルフォの店でロドルフォとアドルフォがそんな言い合いをしていた。それを見ていた他の男たちは「おんなじ顔が言い合ってら」と言って笑った。
「それにしても……」ウイスキーを一口飲んでアドルフォは寂しそうに言った。「ネロちゃんはいつ出てきてくれるもんかね」
「さあな」
ロドルフォはなるべくそっけなく答えた。あのあと、クリムが死んだということはトリパエーゼに知れ渡っていた。クリムの最後の魔法は無事成功し、クリムの命と引き換えにネロを生き返らせたのだ。それからネロの姿を見たものはいない。店も当然やっていないわけで、トリパエーゼはほんの少しだけ寂しくなった。
「……久しぶり」
深夜の墓地。二つの墓にネロは話し掛けていた。その表情は影になってよく見えない。
誰にも会っていなかったネロは、二人の墓に初めて訪れた。「散々みんなから聞いてるだろうから、近況報告はしないよ」そう言ってネロはブランテ墓の前にグラスを置いた。それから持ってきた材料を使って手際よくカクテルを作り、グラスに注ぐ。
「……ここには居ないって知ってるけどさ」
結局、ブランテの遺体は帰ってこなかった。クリムの身体も全て光と化して消えてなくなってしまったため、残ったものはない。二つの墓は空だった。
「……それじゃ、俺は行くよ」
寂しそうな声色でそう呟くと、持っていた花束をクリムの墓の前に置いてネロは墓を後にした。
墓前におかれた赤い花はアネモネ。
花言葉は――
「君を愛す」
-fin-




