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クリムの絶叫でその場にいた全員の動きが止まった。そして、絶叫の原因を知ろうと視線がクリムへ集中する。
クリムはその場に座り込んで、血まみれになったネロの身体を強く抱き締めて泣いていた。傍には同じく血まみれの矢が落ちている。どうやらネロに刺さった矢を抜いたらしい。
「ハハハハハッ! 貴様のせいでそいつは今死んだのだ! さあ、どうする花畑の魔女? 貴様の周りには『死』しかないぞ? 分かったら大人しく降伏し私の言う通りにするがよい!」
その光景を見て、フィーニスは言った。これ以上に滑稽な事はないと言わんばかりに身体を震わせ大笑いをする。
「黙れ! 黙れ黙れ黙れッ! 『ラベンダー』――花言葉は『沈黙』!!」
叫ぶようにして言うと、クリムはフィーニスを強制的に黙らせた。クリムが魔法を解除するまでフィーニスは口を開くことが出来なくなる。
「もう、いい。分かったの! 私は貴方の、貴方たちの願い通り消えてあげるの! でも、私は貴方なんかの思い通りなんかにはならない! 私は貴方なんかのためは死なない! 私は、こんなトップが腐った国のためには死なない! 私は、この人の――ネロのために力を使う!」
ぶわっと、一斉にクリムとネロを囲むような形でホウセンカが咲いた。それは誰も近付かせない、拒絶を意味している。
「……『ローズマリー』――花言葉は『再生』、『花菱草』――花言葉は『私の願いを叶えて』……全てを、ネロへ……」
シンと静まった中で、クリムの詠唱が終わった。光を放って横たわるネロの上にローズマリーと花菱草が現れる。二人を、粒のような光が包んでいた。
「……な、に、してるの……?」
ふらりとクリムの横にナディアが立った。泣いていたが、クリムへの憎悪は見られない。
そんなナディアにクリムは
「……ごめんね。ロレーナと、仲直りしてね」
とだけ言って微笑んだ。それはとても寂しそうな微笑みだった。
「……クリムちゃん、それは」
次にロレーナが話しかける。クリムが無言で首を振ったのを見ると、ロレーナは目を閉じて息を吸い、歌を歌った。すると二人の姿が一瞬で消える。
「……ロレーナ?」
「転移魔法、ですよ。最後くらい二人きりにしてあげましょう?」
「……うん」
素直に頷くナディアを見て、ロレーナはにっこりと笑った。それから、くるりと身体を半回転させて騎士たちに告げた。
「……もう、終わりにしてください。こんな、自分勝手な理由で犠牲者を増やさないでください。全て、この国の人に伝えました」
それは、騎士の国であるフィネティアで、騎士たちの信用を失ったことを意味していた。ロレーナの言葉を聞いて初めて、野次馬たちの視線が冷ややかなものになっていると騎士たちは気付く。
「……帰りましょう、フィーニス様」
一人の騎士が言った。その騎士の後ろに他の騎士たちもつく。何人かは、スメールチとジェラルドによって気を失った騎士たちの元へ駆け寄って担ぐ。
「この者の言う通り、終わりにしましょう」
もう一度騎士が言うと、フィーニスは力なく頷いた。それから、無言で歩き出す。
騎士たちは頭を下げると、その背中を追いかけていった。
騎士たちが見えなくなると、トリパエーゼには静寂と戦いの跡だけが残された。微妙な空気が流れるなか、ナディアがロレーナへ駆け寄った。
「――ロレーナッ!」
そして後ろからロレーナに抱きつく。
「ごめん、あの、あたし……嫉妬して、クリムちゃんに、酷いこと言っちゃって……ロレーナが人間じゃないって、びっくりした……! でも! ロレーナはロレーナで、嫌いになんか、なれなくて!」
自分でも何を言っているのか分からなくなりながらも、必死に思いを伝えようとするナディアを見てロレーナはくすりと笑った。そらから、「ありがとう、ナディアちゃん」とナディアの手に自分の手を重ねた。
◇
山の中の花畑。その中心にクリムとネロはいた。二人は光の粒に包まれている。
「……ずっと生きるのは嫌だと思っていたのにな……」
ポツリとクリムが呟いた。目を閉じた。ネロの顔をそっと撫でながらネロに微笑みかける。
二人を包む光は、どうやらクリムの身体から溢れていて、ネロの身体に吸い込まれているらしい。クリムの身体は不自然に欠けて形を失いつつあった。いつの日か、この場でネロに見せたクロユリのように。
「……ちぇ……やっぱり、もう少し、生きていたかったなぁ……」
クリムの呟きは誰にも届くことなく消えていった。




