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「う、お、おおおおぉぉぉぉッ!!」
雄叫びをあげながらネロは一直線にフィーニスへ向かって走る。ネロに迫るロングソードはクリムが『ホウセンカ』を使ってその軌道を弾く。
ロングソードが弾かれてフィーニスの体制が崩れた、その一瞬の隙を狙ってネロはフィーニスに勢いのまま体当たりをする。男一人分の体重プラス勢いというのは相当なもので、フィーニスは受け身もとれず、そのまま後ろ向きに倒れて背中を強打した。
フィーニスの上にのし掛かる形で倒れたネロは、フィーニスがクッションとなったお陰でほとんどダメージを受けなかった。そのため、フィーニスより早く起き上がることが出来た。体を起こすと、フィーニスの体に馬乗りになって、右手から離れたロングソードをその状態のまま蹴り飛ばす。座った状態なので上手く力が入らなかったが、少なくとも今の状態では届かないであろう距離までロングソードは移動した。
完全にネロが優位に立った。そう思われたのだが、ネロが次の行動をどうしようか考えた、その一瞬のうちにフィーニスの拳がネロの右脇腹にめり込んだ。
遠心力を利用した腕を振り回すだけの単純な一撃は、単純であるからこそ重く、ぐらりと力の方向にネロの身体が傾く。その、身体への重力が軽くなった瞬間を狙って、フィーニスは振った腕を今度は逆方向へもう一度振る。すると、ネロの腹に裏拳がめり込む形になる。
「あッ……かはっ……」
フィーニスの身体から強制的に降ろされたネロは、殴られたことで競り上がってきた胃液を吐いた。それからしばらく咳が続く。
その間にフィーニスがロングソードを拾って咳を続けるネロの首へ振り下ろそうとしたが、それはクリムによって阻止された。
「ありがッ、とう、クリム」
短く礼を言うと、唾液と胃液に汚れた口元を袖で強引に拭ってコンバットナイフを握り直しフィーニスと向かい合った。
「何故そこまでするのであるか。さっさと諦めてその魔女を差し出さば良かろうにッ」
「それが嫌だから、戦ってるに決まってるだろッ!」
刃と刃が激しくぶつかり合う。技術の全てにおいてフィーニスが圧倒していたが、クリムのアシストにより二人の力は互角になっていた。
「お前が諦めれば全部解決するんだよ! それまで俺は、諦めない。屈しない!」
コンバットナイフがロングソードを弾き、ネロの硬く握られた拳がフィーニスの顔面に炸裂した。フィーニスを吹っ飛ばすほどの威力はないが、それでも二、三歩フィーニスの足を後退させた。ポタポタとフィーニスの鼻から赤い液体が垂れる。それは初めて、ネロがフィーニスにダメージらしいダメージを与えた証拠だった。
やってやった。そう思ったのも束の間で、ネロの視界の端にキラリと光る何かが入った。それは、ネロの斜め後ろにいるクリムへ一直線に向かっている。
それが何なのか、ネロは確認をしなかったが、本能があれからクリムを守らなければならないと訴え、ネロの身体を動かしていた。
「戦いの途中で背を向けるとは余裕であるなネロ・アフィニティー!!」
ネロの背中にフィーニスは容赦なく斬りかかる。避けようとしなかったそれは、フィーニスのイメージ通りにネロの背中を裂き、血を噴出させた。それでもネロの動きは止まらない。
間に合ってくれ。ただそれだけを思って、何が起きているのか理解できず困惑するクリムの元へ最後の力を振り絞ってネロは地面を蹴った。
「…………?」
ぶつかる、と思ってクリムは反射的に目を閉じた。しかしクリムの身体を強い衝撃が襲うことは無かった。代わりにネロの身体がゆっくりとクリムに覆い被さった。そしてクリムは、ネロの肩越しに何処からか矢が生えているのを見た。
「ネロ…………?」
声が震える。ネロの身体はどんどん力を失い、その重みがクリムにのし掛かる。
「……よ……かっ…………に、あっ…………」
げふっと一回血を吐いて、ネロは満足そうに微笑んだままゆっくりと目を閉じた。
「ネロ…………? ネロッ! ネロッ!?」
慌ててクリムが呼び掛ける。何度も何度も名前を呼んで身体を揺さぶるが、ネロはなんの反応も見せない。背中に手を回すと、ドクドクと血が溢れているのがわかった。その手を少し上にずらすと、何か細くて長いものが刺さっていた。
「ネロッ! やだ……ネロってば……ッ!」
血は流れ続ける。徐々に身体が温もりを失っていっているような気もする。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
戦場と化した町にクリムの絶叫が響き渡った。




