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ネロは苦戦していた。否、ネロだけではない。それは騎士たちも同じだった。
「チッ……人外共が……」
フィーニスは忌々しげに舌打ちをした。フィーニスは現在、ネロと一対一で戦っている。他の騎士たちは、魔術を発動し終えたクリムとロレーナの相手でいっぱいいっぱいだった。女を二人捕らえればいいはずなのに、二人にはそもそも攻撃が当たらない。攻撃を全て無効化されてしまう。そんな状況が続いていた。
「しかも『スケールモデルの鬼士』まで呼ぶとは……非常に厄介である」
「……誰だよ、そのだっさい名前は」
フィーニスと睨み合いながらネロは突っ込みを入れた。確かに誰かの二つ名であろうそれは非常に格好悪かった。まあ、この戦闘に途中参加した(ロレーナが歌で呼んだらしい)人物は一人しかいないため、訊かなくとも誰のことか分かるのだが。
視界の端に、戦う三人の姿が映った。フィーニスに集中しているためどれが誰なのかは分からないが、クリムとロレーナとロドルフォであるということは確かだ。クリムとロレーナが攻撃を無効化し、その隙にロドルフォが殴り倒していく。そんな感じで戦っているはずだ。
「しかし、そんな状況でこの私の相手が貴様一人とはなめられたものである。私の攻撃を避けきれないくせにずらすとは……強いのかそうでないのか、ハッキリしない男だ」
そう言ってフィーニスは再びロングソードを振るった。ネロの持っていた鉄パイプはとっくに切断されてしまっており使い物にならない。丸腰の状態で、ネロはその斬撃を避けようとした。しかしネロは動体視力は良くても運動能力は高くない。また攻撃を避けきれず、浅い切り傷を作った。
こんなことが鉄パイプがなくなってからずっと続いている。傷一つ一つは小さくても、それらは積み重なって出血という形でネロに着実なダメージを与えていた。
「諦めろ、ネロ・アフィニティー。貴様がどうやってあのモンスターと戦ったのか知らないが、あれらと私では格が違う」
「お前らが帰ればそれで解決だろ」
「ダメだな、話にならん」
では死ぬがよい。と言ってフィーニスはロングソードを振るのではなく、突いた。
突然攻撃のパターンを変えられて、それに対応できるほどネロの思考は柔軟ではない。モンスター(ゾンビ)は行動が単調過ぎたため、ネロの運動能力でもなんとかなったのだ。思考を持った人間とは訳が違う。
動けない癖に、フィーニスの動きはやけに遅く見える。ああ、これは避けられない。下手したら死ぬ――なんてねろは諦めかけていた。その時だった。
「『ホウセンカ』――花言葉は『私に触らないで』ネロ、大丈夫!?」
ロングソードは突然現れたホウセンカの花によって弾かれネロに届かなかった。それからネロの隣にクリムがやってくる。
「ありがとう、クリム。助かった」
「間に合ってよかったの――大丈夫そうじゃ、なさそうだけど……」
傷だらけのネロを見てクリムは申し訳なさそうに言った。それにネロは「クリムは悪くない。だから、さっさと終わらせて手当てしてよ」と言って笑って見せた。
「この、化け物が……ッ! 人間様の幸せを壊して自分達だけ幸せになろうなど……!!」
そんな二人の姿を見てフィーニスは憎らしげに言う。全身から憎悪という憎悪が溢れだしているような、そんな気がした。
「なに言ってんだよ。それは、お前のことだろ」
ネロは冷たくいい放つ。フィーニスもやってることは同じだ。自分の幸せのためだけに、とても下らない理由で戦争を起こし、数々の人を犠牲にしている。屍の上に成り立とうとしている結婚を心の底から楽しみにしている。フィーニスの方こそ化け物と表現しても過言ではないだろう。
「『ノコギリソウ』――花言葉は『戦い』」クリムが唱えると、魔方陣からノコギリソウが現れ、それは徐々に形を変え、最終的にコンバットナイフになった。「ネロ、これ使って」
「ありがとう」
「私が、援護するの」
「分かった」
クリムからコンバットナイフを受け取ると、ネロはそれを逆手に持って構えた。そしてフィーニスが動くよりも速く、強く地面を蹴って突進した。




