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ただ口角を吊り上げただけだと言うのに、騎士たちはたじろいだ。戦争で勝利を重ねてきた騎士たちが、だ。
そんな騎士たちを楽しむように見ながら、スメールチは不気味な笑みを貼り付けたまま、騎士たちの鎧を右手で指差して言った。
「その黄色いの、なんだと思う?」
言われて初めて騎士たちは鎧についた黄色い汚れに気が付く。しかしそれだけでスメールチの意図は全く分からない。ただ、一人の背の低い騎士がスメールチの左手に気付いた。
「……お前、それはまさか、魔方陣……?」
「おや、気付いたのかい? ヒヒヒ、魔方陣以外にこれの名前がなんなのか、僕は知らないね」
ニヤニヤと笑いながらスメールチは言う。スメールチの左手の下には、描きかけの魔方陣があった。
スメールチの言葉を聞いて、女騎士がハッと何かに気付いて目を見開いた。それから慌てて他の騎士たちに言う。
「全員、急いで鎧の汚れた部分を脱げ! こいつ、魔法を使うつもりだ! 鎧に何かを仕掛けた可能性がある!」
こうしている間にも、スメールチの左手は地面に魔方陣を描いている。魔方陣がどの大きさのものかは分からない。騎士たちは、スメールチに向けていた武器を下ろして、女騎士の言う通りに鎧を脱いでいった。カシャンカシャンと、金属がぶつかり合う音がする。脱ぐことに必死で騎士たちはスメールチの右手が背中に回されていることに気付かなかった。
「それで――」
騎士たちが鎧を脱ぎ終わり再び武器を構えてスメールチに向けようとしたのとほぼ同時に、スメールチは笑みを消して無表情に戻り言った。
「何脱いでいるんだい? 間抜け」
気付いたときにはもう遅く、スメールチは背中からもう一丁のマシンピストルを取り出して騎士たちに向けて乱射した。
ズガガガガガッと一定のリズムで弾を放つマシンピストルと、それに合わせるように倒れていく騎士たち。致命傷を与えられた訳ではないのに、撃たれた騎士たちが起き上がることはなかった。
目の前にいる騎士が全員倒れると、スメールチは乱射をやめてゆっくりと立ち上がった。折られた肋骨と、矢を刺された左足の痛みが酷い。
「ヒヒヒ――銃器は殺すだけじゃないのさ。ガトリングはゴム弾、一丁目のマシンピストルはペイント弾、もう一丁のマシンピストルは麻酔弾さ。魔法なんてものが使えるならとっくに使ってるよ、間抜け」
冷めた目で倒れた騎士たちにスメールチはそう言う。卑怯者と言われそうな気がしたので、「僕は一度も魔法も使えるなんて言ってないからね」と付け加えた。勿論、誰も聞いていないが。
投げ捨てたマシンピストルを服の下に仕舞うと、重いガトリングを引き摺ってスメールチは歩き出した。どこかに隠れている狙撃手をなんとかしておいた方がいいだろうと考えたのだ。
しかし、残念なことにその考えは実行できずに終わった。
突然肩と左の脇腹から血が吹き出し、スメールチはうつぶせに倒れた。スメールチが倒した騎士たちに、スメールチの血が降り注ぐ。
「ヒ、ヒヒ……援軍、速すぎない……かな?」
痛みに耐えながら顔だけ持ち上げると、先程の騎士たちを見下ろすスメールチのような目をしたポニーテールの双剣を構えた女騎士が居た。
「軍と言うほどの人数でもないわ。私一人だけだもの。他は人外二人が参戦したせいで手が離せないから」
あっちの男の子だけだったら楽だったのに、とポニーさん(スメールチ命名)は不満そうに言った。スメールチにはそっちを見る余裕が無いので、ただ痛みに耐えながらポニーさんの腕が確かであるということを思った。スメールチの身体は、ガトリングの弾や隠し持った武器などが盾となっているため斬撃には強いはずだったのだが、傷はその隙間の無防備な部分に走っていた。
「へぇ……ポニーさん、は暇だったんだ? それほどの腕、なら……手負いの僕なんて、楽勝だね」
「ポニーさんって誰よ。……生憎、暇でもないわ。だから悪いけど貴方はここでさっさと――」
死んで。と右手の剣をスメールチの首に降り下ろそうとしたのだが、後ろから何者かに捕まれて腕が振り上げられたまま動かなかった。
ポニーさんは咄嗟に左手の剣で、自分の後ろに立っているであろう人物を突き刺そうと思ったのだが、それは固い感触によって阻止されてしまった。困ったことに固い何かに捕らわれて剣が抜けない。そうこうしているうちに、左腕まで捕まれてしまった。
「へェ、騎士にも上玉がいるじゃねェかァ」
下卑た声が耳元で囁く。悪寒がした。
「ああ……ジェラルド君か。……ヤるんだったら、どっか違うところに行って、くれないかな? 僕には、そういう趣味……ないから、さ」
「ハッ、助けてやったってのに相変わらず礼はねェのかよ。流石のオレも、こんなときにヤル気はねェ、よッ」
トン、と軽い音がしてポニーさんは意識を失った。ジェラルドは気を失ったポニーさんを適当に地面へ投げ捨てる。どう考えてもその行為は紳士的ではない。
それからジェラルドは乱暴にスメールチを持ち上げて担ぐ。肋骨を折られたり、身体に切り傷を負ったりしているスメールチに当然激痛が走り、スメールチは悲鳴をあげた。
「こんぐらい我慢しろっての。あの馬鹿だったら平気な顔してるぜェ?」
「僕、を、ブランテ君と同列に……ッ、扱わないで、くれるかな? こっちは、骨、折れてるんだけど」
「チッ、っせェなァ……。じゃァ、こうすれば満足かよ。あァ?」
文句を言うスメールチを、今度はお姫様だっこをした。肩を貸してくれると思っていたスメールチはポカン、と口を開けた。
「え……もしかして君って、そっちの気が……」
「ねェよ。骨折増やすぞ?」
「ご、ごめんって。だから僕を落とそうとしないでくれるかな? いや、肩を貸してくれればいいと思うんだけど」
「ちんたら歩いてたらまたぶっ刺されんだろォが。よく考えろ、ボケ」
そう言うと、それ以上スメールチの言葉に耳を貸さず、ジェラルドは戦場と化した通りを後にした。




