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その頃、スメールチはクリムたちに背を向けて、未だ熱におかされている身体を引きずりながら走っていた。ガトリングなんて持ってくるんじゃなかったと後悔するほど、ガトリングは重く邪魔だ。ついでに身体に巻き付けた大量のガトリングの弾も。おかげでスメールチは、いつもの半分のスピードでしか走れていなかった。
ちらりと後ろを向くと騎士団員たちが追いかけてきている。このままずっと走り続ければ、スメールチは必ず追い付かれてしまうだろう。ガトリングを使うために距離をとりたかったのだが、全くそんなことが出来る気配がなかった。
「本っ当、病人をいたわってほしいよね。……っ! しっかり狙撃手まで用意しちゃってさ!」
どこからか放たれた矢をギリギリで避ける。こうしてまた体力とスピードを削られる。これで何回目か分からない。後ろの足音がまた近くなった。
「ッあ」
崩れた体勢を立て直そうとしたスメールチの左ふくらはぎに矢が刺さる。今まで一定の間隔を置いて狙撃されていたため、二発立て続けには来ないと油断しきっていたのだ。
左足の力が抜け、スメールチの身体は前へ倒れていきそうになる。そこに、更なる攻撃がスメールチを襲った。
スメールチを追いかけていた騎士団員のうち、一人がとうとうスメールチに追い付いたのだ。その手に握られていたのはバトルハンマー。ハンマーの先はスメールチの右脇腹の辺りにめり込んでいた。
そのまま、スメールチの身体は力の流れに従って左へ飛ばされる。左側にあった家の壁に全身を強打し、ズルズルと地面に倒れた。それから遅れてやってきた痛みに顔をしかめる。
「あッ、ぐ……ッ」
どうやら肋骨に深刻なダメージを受けたらしく、とんでもない激痛が右側を襲っていた。確実に一本は折れているだろう、とスメールチは推測する。そして、このダメージではガトリングは扱えないだろう、とため息をついた。
「全く……僕ってば此処んとこいいとこなしだよね。……ッ、それになんだい、君たちは。揃いに揃って僕を無表情で追いかけたりしてさ。もっと笑うとかするべきなんじゃない?」
「これまで表情らしい表情を殆ど見せない貴様に言われたくないな」
バトルハンマーの騎士がスメールチの言葉に突っ込んだ。騎士はハンマーを構えておらず、スメールチに体も向けず顔だけ向けて、後ろから来る他の騎士たちを待つ。その顔には余裕が浮かんでいた。
「ムカつくね、その態度はさ。痛い目を見せてやりたくなるよッ」
「……無駄なことを」
表情は普段の無表情のまま、スメールチはどこから取り出したのか分からないがマシンピストルを撃った。確かにそれは騎士の言う通り無駄なことで、弾丸は鎧に跳ね返され騎士にダメージひとつ与えなかった。ただ、弾丸にペイント弾としての機能もあったのか、鎧の撃たれた箇所が黄色くなっていた。
そんなことをしているうちに、他の騎士たちがぞろぞろと追い付いてスメールチを囲む。スメールチはバトルハンマーの騎士の言ったことを無視してマシンピストルを撃ち続けたが、やはり騎士たちの鎧に黄色い汚れをつけるだけだった。
「無駄な抵抗はやめろ」冷たい声でバトルハンマーの騎士は言った。スメールチを囲んだ騎士たちがそれぞれの武器をスメールチに向ける。「チェックメイトだ」
その言葉を聞いて、スメールチは持っていたマシンピストルを投げ捨てるように置いた。状況が状況だ。ようやく諦めたのだろう。騎士たちはそう思ったのだが、次のスメールチの行動で騎士たちの間に緊張が走った。
「……ヒヒ、ヒヒヒ……ヒ、ヒヒ、ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!!!」
突然、スメールチは狂ったように笑い出した。声だけでなく顔も狂気が滲む笑顔を浮かべていた。見たものを不安にさせる歪な笑顔だった。
「な、何がそんなにおかしいッ!」
バトルハンマーの騎士ではなく、また別の女騎士が厳しい声でそう訊いた。彼女がキレ気味なのはスメールチが不気味で仕方ないのだろう。その恐怖を隠すため、払拭するために、大きな声を出さなければやっていけない。そんな状況なのだろう。
「ヒヒ、ヒ……。『チェックメイトだ』だってさ。格好つけて言っちゃって、恥ずかしくないのかな? まだまだ、これからだって言うのにさ。僕の策に、まんまと引っ掛かってる癖にさ」
やれやれ、と笑うのをやめて今度は騎士たちを心底馬鹿にするような態度でスメールチは言った。
「全く、『魔法が使えるのは人外だけ』なんて誰が決めたんだろうね? そんな証拠、何処にもないのにさ」
「な、何を言って――」
女騎士が言い終わる前にスメールチは「分からないのかい?」と言って口角を吊り上げた。




