07
戦争と聞いて若干深刻な気分になったものの、ネロは全く別のことを考えていた。
(……どうして頭だけ毛根が弱いんだろう)
ジッとロドルフォの頭を見つめながらネロはそんな事を考えていた。確かに、ロドルフォには立派な髭がモサモサと生えているし、腕の毛も濃い。頭を除けばかなり毛深いのだ。それなのに頭だけは太陽の光を浴びて反射している。頭だけ毛根が弱いのは確かに謎だ。
「なんだよネロ。俺のつるっぱげがそんなに気になるか?」
「ぶふぅっ!?」
そんなネロの視線に気付いたのかロドルフォは自分の頭の部分をぺしんと叩いてみせた。まさかハゲが絡む自虐ボケがロドルフォの口から飛び出すとは思っていなかったブランテは不覚にも吹き出してしまった。そのせいで「笑ってんじゃねえ」と、ブランテはロドルフォに拳骨をプレゼントされることになる。ちょっと理不尽だ。
「なんで頭の毛根だけ弱いのかなって」
「知らねえよ、そんなん俺が知りたいわ」
「毛根に聞いてみて」
「無茶言うな」
殴られたところを抑えながら、ブランテはそんな二人のやり取りを聞いて笑い続けていた。どうやらツボに入ってしまったようだ。
笑い続けるブランテを無視してネロとロドルフォは会話を続ける。
「昔はハゲてなかったのに」
「まったくだ。騎士団やめたらこれだ。騎士は毛根すら味方につけんのかね」
「知らないよ」
「そりゃそうだ」
ガハハハと、ロドルフォは豪快に笑う。さっきまで深刻そうな表情をしていたのが嘘みたいだ。
相変わらず「ふっ……ふひひっ……」と笑い続けるブランテをスルーしてロドルフォは背を向けた。
「店に戻るの?」
「ああ、お前と話してたらすっかり白けちまった。せっかく外の空気を吸うチャンスだったのによぉ」
大きく伸びをしながらロドルフォは笑った。若干猫背であるせいか背骨がボキボキと鳴ったが本人は全く気にしない。代わりにその音を聞いたネロが驚いていた。それから少し間を置いて、ロドルフォの言葉に突っ込みを入れる。
「いや、誰も引きこもりを強制してないから」
「突っ込みが遅い。そんなんじゃ騎士団でやってけないぞ」
「俺バーテンダーだし、騎士団に入るつもりなんて一ミクロも無いから。それに突っ込みのスピードが求められる騎士団って……」
ロドルフォはくくくと笑っただけで何も言わなかった。正確には言うまでもなかった。この町の騎士団長が誰なのか、そこを考えれば当然のことである。確かにあの騎士団長を相手にするには相当のスピードが無ければ突っ込みきれないし、それが出来なければ騎士団長のバカな行為を止めることは出来ない。騎士とは難しいものである。普通ならこんな事は無いのだが。
そこで会話は切れ、「たまには店に来いよ」と言うとロドルフォは軽く右手をあげて店の中へ入っていった。ブランテの笑いもようやく収まり、息を整えるために深呼吸をした。
「で、後なんか買うのか?」
一通り店を回り終わった後でブランテは尋ねた。二人の手には大きな紙袋がそれぞれ二つずつあり、中には食材が大量に入っている。かなり重そうだ。
「いや……酒類は届けてもらうようにしたからこれで終わり」
この大量の食材の中に、酒類が一切入っていないのだから驚きである。一体宅配サービスが無かったらどうなっていたのだろうか。ブランテは一瞬だけ考えて嫌になって忘れることにした。そして宅配サービスに心底感謝した。
「じゃあ後は帰るだけなんだな?」
「うん。そうなるね」
「そうか。そうか」
帰るだけと聞いてブランテの足取りは急に軽くなった。この重い荷物から解放されるという理由もあるだろうが、それよりも酒が飲めるという理由からブランテの足取りは軽くなっている。どれだけネロのカクテルが好きなのだろうか。恐らく彼は、昨日ネロがダウンしたお陰で飲めなかった分の酒も飲むつもりでいるのだろう。ネロは気付いていないが、ネロの店に向かうその足が段々スキップに近いものになりつつある。ルンルン気分が滲み出ている 。
だが、現実はそう甘くはなかった。