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フィーニスの声に騎士団員たちは慌てて動き出したのだが「ヒヒヒ……」と不気味に笑うスメールチの声で再び動きを封じられた。よく見ればネロも笑っている。
「非国民、だってさ。お兄さん。僕はいつから国民になったのか教えてほしいものだね。僕はれっきとしたパラネージェ人なのに。……ところで、お兄さんはハーフなんだよね? だったら半分は国民じゃないよね。血的な意味でさ」
「君って本当に屁理屈が好きだよな。まあ……それが理由でいいなら堂々と騎士団に攻撃ができるけどさ」
スメールチは相変わらず無表情だったが、二人の眼には狂気が混じっているように見えた。それから再び動き出した騎士団員たちに向かってそれぞれガトリングと鉄パイプを振り回す。剣とそれらが交わり、激しい金属音が鳴り響いた。
そんな目の前で繰り広げられる攻防を理解できないナディアは「待ってッ! 二人とも!!」と叫んだ。それでも金属音は鳴り止まない。
「待ってってば! 二人とも、国民じゃないとか血は半分違うとか言ってるけど人間じゃん! クリムさんの――魔女の、化け物の為に無理して戦うことないじゃん! 確かに、ブランテ君のことが本当なら憎い、けど、でもそれはこのことが終わってからでも!」
「……ごめん、ナディア。俺はその半分が、人間じゃないから」
騎士の剣を鉄パイプで受け止めながらネロは申し訳なさそうに、悲しそうに答えた。その答えにナディアは息が詰まりそうになった。
「で――でも! ネロ君は殆ど人間じゃん! クリムさんは、全部違うもん! 私たちとは全部違うじゃん!」
「そんな悲しいことぉ、言わないでくださいよぉ、ナディアちゃん」
ナディアの声に、答える声がナディアの頭上から降り注いだ。当然二人のものではない。それはよく聞きなれた声で、でもどうしてそれが頭上から聞こえるのか不思議に、思いナディアは上を見上げた。そして、大きく目を見開いた。
背中から生える白い翼、金色のとても綺麗な長髪、尖った人間のものよりも少し大きい耳。屋根の上に立った彼女は明らかに異形な姿をしていた。しかし、それ以外は全てナディアがよく知る人物の姿だった。
「私だって、同じなんですから」
そう言って、ロレーナはナディアに寂しそうな微笑みを向けた。ナディアがなにも返さないのを確認すると、ロレーナはその翼を使ってふわりと地面に舞い降りた。ただし、ナディアの隣ではなくクリムの隣に。
「ロレーナ……なの?」
「はい。ロレーナですー。本名はロチェス・レイヨンっていいますぅ。あ、ロチェスじゃなくてぇ、ロレーナでいいですよー? エルフとセイレーンのハーフでぇ……クリムちゃんと同じく、シャンテシャルム人、ですよ。勿論、魔法も使えますー」
ロレーナの言葉にクリムは混乱した。クリムだけではない、ナディアも、様子を遠巻きに見ていたトリパエーゼの野次馬たちもだ。その中で、同じく野次馬となっていたフォルトゥナーテ夫妻だけがため息を漏らす。ただし、その顔は笑っていた。手のかかる娘がやっと一人立ちしてくれたと言わんばかりに。フォルトゥナーテ夫妻はずっと知っていて、それを隠していままでロレーナを育てていたのだ。やっと肩の荷が下りたのだろう。
「ははは……化け物が、二匹? 好都合である。資源は多い方がいい……」
左手で顔を覆ってフィーニスはそう呟くように言った。それから指揮通りネロとスメールチを捕らえようとする騎士たちに「この二匹の化け者共を優先しろ! 多少痛んでも死ななければ構わん!」と指示を出した。
「させるかってのッ!」
「させると思ってるのかい?」
「させませんよー」
三人の声が重なる。スメールチはガトリングを乱射し、ネロはクリムとロレーナに近付こうとした騎士の頭へ鉄パイプを思い切り降り下ろし、ロレーナは一音だけ歌った。
次の瞬間、とても強い光が騎士たちを襲った。目が眩んだ騎士たちは目を押さえて立ち止まる。
「これは、光属性なの?」
「ぴんぽーん。正解ですぅ。私は光属性の魔法を歌で使うんですー」
「……ねえ、ロレーナの魔法って、遠くに届けられる?」
「光さえあればぁ、多分出来ますけどー……何でですか?」
クリムの発言にロレーナは首をかしげる。本当ならば、クリムを連れて戦わないですむところに移動したいところだったのだが、クリムが動こうとしないのでそれを諦める。代わりに、少し歌って透明な壁のようなものをクリムとロレーナの周りに作った。
「ブランテがやろうと思ってたことを、やるの。このふざけた戦争を、終わらせるの」
クリムの瞳には確たる意志が宿っていた。それを感じ取ったロレーナは自分は何をすればいいのかを訊く。
「花を――私の魔術を、国中に届けてほしいの。……出来る?」
「うーん、試してみなければぁ、わかりませんねー。とりあえず……」
やってみましょうかー。と言おうとしたところで、ロレーナの視界の端にナディアが映った。その顔は驚愕と絶望とその他が入り交じっている。そうさせている原因が自分であると自覚していたロレーナは、少し胸が痛んだ。
「ごめんなさい、ナディアちゃん。私も人間ではない、化け物で……」
伏し目がちに呟いて、ロレーナはナディアに背を向けた。そらからクリムに曖昧に微笑んでみせる。
「……準備はいいの?」
「はい、大丈夫ですよ」
クリムは何回か深呼吸をして自分を落ち着かせると、魔術を発動させた。
「『リコリス』――花言葉は『悲しい思い出』」
それとほぼ同時にロレーナが歌い出す。とても綺麗な音色だった。
「……違う、違うんだよ……! 私は、そんなつもりじゃ……ッ! やだ、やめてよ、いかないでよ……!」
ナディアの目から大粒の涙が零れ落ちた。悲痛な叫びは続く。誰にも届くことなく、全て金属音や銃声にかき消されてしまうが、それでもナディアは何かを叫び続けた。




