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「なんで……なんでなの……?」
クリムの口からはそんな言葉がひたすら零れる。言葉が一つ零れる度に、憎しみが一つ重なっていくような気がした。
そんなクリムを気にもとめず、フィーニスは
「いい機会であるから今後の貴様の役目についても教えてやろう」
なんて言って微笑んだ。
「私は、結婚を控えているのである。ははは、なんだか気恥ずかしいな。私は、ヴィクトーリア――王女の婚約者なのだ」
突然、自分の結婚について語りだすフィーニスにクリムは得体の知れない気持ち悪さを感じていた。ドロリとした何かが、男から放たれているような、そんな錯覚を覚える。
「ははは、それで、この戦争はお義父様……いや、ヴィッツィーニ国王からの課題なのである。結婚のための、条件。すなわち、自給率問題、エネルギー資源の確保である。ははは、魔女の貴様にはあまり関係のない話であろうが……なかなか深刻な問題なのだぞ、これ」
「なんで……」震える声でクリムは訊く。「なんで、それで戦争を……?」
その質問に、フィーニスは柔和な笑みを浮かべて答える。クリムの方に体を向けて、足は止まっていた。
「それが一番簡単で、手っ取り早くて、確実な方法だから、である。パラネージェには豊かな土地があり、シャンテシャルムには豊富な資源がある……。パラネージェには無事勝利し、あとはシャンテシャルムだけ。割と、順調に進んでいたのである」
だが。と、そこで突然フィーニスは声色を変え、浮かべていた笑みを消して、憎らしげな表情へ一変する。
「エントゥージア君は、あの小僧は、それを台無しにした! どこで知ったのか知らないが、これだから少し力のあるやつは嫌だ! 大人しく、ただ命令を聞いていればいいものを、勝手に動くから――勝手に国を結びつけて、トイフェルまで動かすから! だから殺すしかなかった! いや、もっと早くに処分すればよかった! お陰で私の計画が――私の、結婚が!!」
がしがしと頭をかきながら、口調を崩して滅茶苦茶なことを言うフィーニスを、クリムはただ見ているしか出来なかった。意味がわからなかった。ただ、吐き気がした。こんなことのためにブランテは死んだのか。と、どす黒い感情が腹のなかに溜まっていた。
「――だから、路線を変更したのである。シャンテシャルム人を大量に連れてくるよりも、不老不死の魔女の方がいい資源になりそうであろう。だから、貴様が必要なのだ。……ははは、化け物が人間様の役に立てるのだ。良かったな――ただ、無意味に火刑にならなくて」
穏やかな口調に戻って、フィーニスはそう言った。演技ではない口ぶりで。本心をさらけ出して。
そしてまた、柔和な笑みを浮かべると「貴様はエントゥージアと仲良くしていたようだが……これで、彼の罪をチャラにしてやろう」なんて言った。それから止めていた足を再び動かそうとする。が、クリムが動こうとしないので進むことが出来なかった。クリムは俯いていて、表情が見えない。ボソボソと何かを言っているのがフィーニスの耳にギリギリで届いた。
「なんだ? もっと、はっきり言え。それから足を動かして――」
「ふざけるなって、言ったの!」
クリムの顔を覗き込もうとしたフィーニスの胸ぐらを、クリムが勢いよく掴んだ。二人の後ろにいた騎士たちは、一瞬何が起きたのか分からず反応が遅れた。数秒経ってから剣の先をクリムに向けるが、クリムにはそんなことに構ってられる余裕などなかった。
「そんなふざけた理由で私たちを、シャンテシャルムを国民を巻き込まないで! そんなこと、身内の問題は身内で解決して! どうして……どうしてそんなことの為にブランテが死ななきゃいけなかったの!? どうして貴方なんかのために、私は殺されにいかなきゃいけないの!? 私は、そんなことに私の力を使わない! 貴方なんかの言うことなんて聞くはずが、ない!」
クリムはすっかりブランテの仇への怒りと憎しみに支配されてしまっていたが、いきなり魔術を発動して攻撃をしないだけの理性はギリギリで残っていた。
一方で、自制するだけの理性も残っていない、感情だけで行動する人物がいた。
「があッ!?」
鈍い音をたてて、クリムに剣の先を向けていた男の騎士が倒れた。男の騎士が居たところには一人の男が鉄パイプを持って立っていた。どうやら、それで男の騎士を思い切り殴ったらしい。騎士の頭からは少し血が流れていた。甲冑を着ていると言っても、頭まで装着している訳ではないので、通常通りの衝撃が男を襲ったはずだ。
鉄パイプを持った男を見て、フィーニスとクリムは揃って目を見開いた。クリムの手は、先程の音がしたときに驚いてフィーニスの胸ぐらから離れている。
「どこいくつもりだよ。国の糞犬共が」
鉄パイプを持った右手をだらりと下ろして、ネロは荒い息を吐いた。




