13
二人の様子をナディアの後ろにいる人々は固唾を飲んで見守ることしか出来なかった。まさかいつも元気で明るいナディアがこうもヒステリックに喚くとは思っていなかったのだ。そして、ネロがナディアに手をあげるという展開も読めていなかった。それは誰でもそうだったのかもしれない。
「なんで……なんでネロ君はあの女のこと庇うの? そんなにあの女のことが大事?」
立ち上がりながら、震える声でナディアは言う。先程までの勢いは急に失われてしまった。
「なんであの女ばっかり……あたしの方が、先だったのに……?」
呟くように言うナディアの顔を見てネロはゾッとした。ナディアは口元だけ笑っており、目には光が入っていなかった。そして、そんな暗く濁った目でネロをじっと見つめている。
ゆらり、とナディアの体が揺れた。
「ずっと……ずっと、ネロ君の事が好きだったのに……。ずっと、ネロ君のことを想ってたのに……。ねえ、どうして気付いてくれないの? どうして、あの人なの? どうして、人間のあたしじゃなくて、魔女のあの人なの……? どうして……どうして……」
どうして……と静かな声で呪詛のようにナディアは言葉を吐く。それは愛の告白の筈だったのに、その場にいた全員はそれを呪いの言葉と受け取っていた。
やがて、ナディアは何かを諦めたのか言葉を吐くのをやめた。それからにっこりと笑って静かに言った。
「それで幸せにならなかったら、許さないんだからね?」
「行こっか」そう言ってナディアは後ろで戸惑う人たちを連れて帰っていった。突然来て、言いたいことを一方的に言って、勝手に帰っていった。一人残されたネロは呆然としてしまう。
「は、はは、何なんだよ……」
緊張状態が解けたせいで、ネロはその場に力なく座り込んだ。忘れていた高熱と体の痛みを思い出してそのまま倒れてしまいそうになる。
ナディアの変貌にネロは戸惑わずにはいられない。あんなナディアは初めてだ。それは町の人たちも同じようだったが。ずっと一緒にいたはずなのに、なにも知らなかったな、とネロは少し寂しい気持ちになった。
「……なんだよ、幸せにならなかったら許さないって……。俺、もうフラれてるっつーの……」
壁に寄りかかって天井を見上げながらネロは呟いた。厳密には告白をしていないのでフラれた訳ではないが、ネロにはブランテから心が移ることはないという確信があった。ネロは当たって砕けるなんて精神を持ち合わせていない。
地べたに座り込むのは骨が痛いと判断したネロは、ソファーまで戻ってそこに寝転がろうと動き出した。そこで、自分ではない誰かの物音を聞く。物音は階段の方からした。どう考えてもスメールチではないだろう。そうなるとあとは一人しかいない。
「…………ッ!」
気付けばネロは勢いよく床を蹴っていた。そして再び二階へ戻ろうとしていた背中を捕まえる。段差のお陰でちょうどいい高さでその人物を抱き締めることができた。
「……わ、たし……」
クリムの体は震えていた。それが泣いているからなのか、それとも別の理由なのかは後ろからクリムを抱き締めているネロには分からない。
「違う、の……誰かが死んじゃうって、慣れてて……でも、胸に穴、あいた気がして…………よく分かんなくて……。私、でも、本当は……ッ」
「もう、いいから」
必死に伝えようとするクリムをネロはさらに強く抱き締めた。クリムはナディアとのやり取りを聴いていたのだ。クリムは今まで仲良くしていた子に化け物と罵られて平気でいられる精神は持ち合わせていない。というかそんな精神を持っていたら異常だ。
「クリムは、化け物なんかじゃ、ないから」
そんなクリムにネロは言い聞かせるように言った。優しい口調で、クリムが安心できるように。
「う、わ、ああああんっ」
子供のように泣きじゃくるクリムを、ネロはいつまでも抱き締めていた。




