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Infiorarsi  作者: 影都 千虎
青年
61/76

12

「よし、これで大丈夫なはずですー。とりあえずぅ、ネロ君も熱があるみたいですからぁ、ゆっくり休んでくださいねー?」

 包帯を巻きおわるとロレーナはそう言ってにっこりと笑った。ネロはその笑顔でなんとなく癒されたような気になる。ロレーナが立ち上がると、その後ろでスタンバイしていたのかクリムがすぐに来てネロの額に濡れたタオルを乗せた。

「本当はぁ、こんなソファーなんかじゃなくてぇ、ちゃんとしたベッドで寝てほしいんですけどー」

「他に、ベッド無い……から、仕方ない、だろ」

「仕方ないですねー。熱が引くまではぁ、外に出ないでくださいねー? 仕事なんてぇ、もってのほかですよー?」

「わかってるって……」

「とか言ってぇ、無理しちゃうのがネロ君じゃないですかー」

「…………」

 無理をした結果何度もロレーナに説教をされているネロはなにも言い返せなかった。前科があるため、これだけ釘を刺されても仕方ない。むしろ足りないくらいだ。

「まあ、きっとぉ、クリムちゃんが目を光らせてくれるはずですからー」

 「それじゃあ私は帰りますね」と続けて、ロレーナは歩いて出口へ向かっていった。途中、スカートを踏んで転びそうになったがなんとか踏みとどまる。「なんでもないですよ?」なんて振り向いて言って、ネロの家を後にした。

 いつも通りのロレーナ。だが、その近くにナディアが居ないことがネロを不安にさせた。



 翌日。ノックの音で目が覚めると、ネロは重い体を根性で動かして扉を開けた。それはクリムへの配慮からくる無理だった。

 扉の外に立っていたのはナディアだった。それと数人のトリパエーゼ民達。

「ね、ネロ君ッ? ど、どうして下だけしかはいてないのかなッ!?」

 何しに来たのだろう、とネロが思っていると、真っ赤な顔でナディアがそう指摘した。

 ネロは一瞬ナディアの言っていることが分からず首をかしげる。少ししてから「あっ」と自分の体を見て気付いた。ネロの上半身は今、包帯を巻いてあるだけで衣類は身に付けていないのだ。下はズボンを履いていたから良かったものの、もし下も包帯だけだったら完全にただの変態である。

「昨日、巻いてもらってそのままだったから――」

「わわっ!?」

 ぐらりと揺れたネロの身体をナディアが慌てて支える。「ありがとう」と礼を言って体勢を戻そうとするが、身体に上手く力が入らずネロは苦笑した。やはり動くのにはまだ無理があったようだ。それでも根性で全身に力を入れ、壁に体重を預ける形で立ったネロは流石といえる。

「――それで、用件は?」

 ナディアだけだったら雑談でもしようと思えるのだが、ナディアの後ろには町の人たちがいる。しかも皆深刻そうな顔で。とても楽しい話をする空気ではなかった。

「……うん、クリムさんのこと、なんだけど」

 やはりそのことか、とネロは苦い顔をした。クリムが近くに居ないことを幸いに思いつつ、ナディアの言葉の続きを待つ。

「ネロ君と、クリムさん、離れて暮らした方がいいんじゃないかなって。クリムさん、魔女なんでしょ? しかも、不老不死の……だから」

「断る」

 ナディアが遠回しにクリムを追い出せと言っているのがわかったネロは、ナディアの言葉をすべて聴かずに拒否した。同時に、受け入れてもらえないことに悲しくなる。

「どうして? ネロ君、怖くないの? だって魔女だよ? モンスターを一瞬で大人しくさせちゃうんだよ?」

「俺たちを襲った訳じゃない」

「――でも、ネロ君達は怪我したじゃん! ……聴いたよ? 前のジェラルド君との喧嘩、あの人が原因なんでしょ? あの人はなにもしてなくても――」

 ナディアの言葉を聴いていると段々頭が痛くなってきた。確かにそれは事実だが、全てクリムが悪いと捉えてしまっている。ジェラルドとネロが喧嘩をすることは別に珍しいことじゃないのに。どうしてもクリムを悪者にして追い出したいようだ。ネロが何と言おうとも。

「……なんでそんなにクリムを嫌がる? 確かにクリムは魔女で、不老不死だけど、それ以外は何も変わらない。俺達と一緒だろ?」

「嫌なんじゃない! 怖いの! ……だって、17年前の事件は、魔女が犯人かもしれないんでしょ? 魔女のせいで、みんな死んじゃったんでしょ?」

「それは『かもしれない』の話だしクリムは関係ないだろ!?」

 思わずネロは大声を出していた。全身が痛いことも、高熱でふらつくことも忘れて、クリムを悪く言うナディアに怒っていた。

 怒っているのはネロだけではない。ナディアもだ。どうしてネロは自分の言っていることを分かってくれないのか。どうしてクリムを庇うのか。そこに怒りを感じていた。

「ねえ、どうして……? どうして、あの人を庇うの? なんで、あんな(ひと)の味方をするの? あの(ひと)、ブランテ君が死んじゃっても一度も泣かなかったんだよ……? ブランテ君が死んじゃっても、何とも思ってないんだよ? ネロ君、あの(ひと)はあたし達と一緒って言ったけど、違うよ。あの(ひと)には感情がないんだよ。だって魔女だもん! 化け物だもんッ!」

 瞬間、パンッという乾いた音が響いた。少ししてから、どさりとナディアが尻餅をつく。左頬を押さえて、信じられないようなものを見る目でネロを見ながら。どうしてネロが自分をビンタしたのか理解できないでいた。

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