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「慌てて寝たってぇ、だめですよー」と笑うと、ロレーナは持っていた大きな紙袋をソファーの近くにおいた。それから消毒液と包帯を取り出すと、スメールチのいる寝室へ向かう。
「スメールチさんの方がぁ、重傷でしたよねー?」
「あ、ロレーナ。ありがとう……私じゃ、うまくできなくて……」
「大丈夫ですよー。魔法だってぇ、万能じゃあないんですからー。クリムちゃんがぁ、気にやむことじゃあ、ないですよー」
申し訳なさそうにするクリムにロレーナはそう笑った。それから「クリムちゃんはぁ、ネロ君の近くにいてくださいー」と言って寝室へ入っていった。
その背中を見送ってから「呼んでくれたの?」とネロが訊くと、クリムは無言で首を振った。そして3拍程おいてから、「でも」と続けた。
「前に、治療が苦手っていう話はしたの。……魔法のことは言ってないけど」
「……そっか」
ネロは少しだけ微笑みを漏らした。クリムが魔女であることをさっき知っても、いつも通りの対応でロレーナは来てくれた。しかも、クリムを慰めることまでしてくれた。ロレーナは受け入れてくれたのだと分かると、何となく嬉しいような気がしたのだ。
「……はは、でも、怒られる……かも、な」
ロレーナのことだ。きっと治療が終わったあとで、どうして今まで隠していたのかと怒ることだろう。「どうしてぇ、ネロ君には教えてぇ、私には教えてくれないんですかー」なんて言って。
「……受け入れてもらえるなら、説教だって受けるの」
ネロの近くに座り込むと、とても小さな声で、ポツリとクリムはそう漏らした。その言葉の裏には、商店街からここへ来るまでの間の、人々の視線やクリムに恐怖する光景があった。恐らく、大半には拒絶される。覚悟していたとはいえ、改めてそう考えると、クリムはとても悲しそうな顔をした。
「……きっと、大丈夫……だから」
ネロはクリムの頭に手を伸ばし、頭を撫でてあげた。本当は抱き締めたかったのだが、今のこの身体ではそんなことはできない。そんな格好悪い自分に、ネロは思わず苦笑した。そんなネロの思いとは裏腹に、クリムには頭を撫でるだけでも効果覿面だったのだが。
「さぁて、次はぁ、ネロ君ですねー。あ、クリムちゃん。スメールチさんにぃ、濡らしたタオルをお願いできますかー? 凄い熱なんですよー」
寝室から出てくると、ロレーナはクリムに指示を出しつつネロの近くに座った。紙袋からガーゼを取り出すと、にっこりと笑って「消毒しますからー、我慢してくださいね?」と言う。ああ、これは凄く痛そうだ、とネロは覚悟を決めた。
「クリムちゃん、魔女だったんですねー」
手際よく傷口を消毒しながらロレーナは言う。ネロはなんと返したらいいかわからず、そもそも消毒の痛みに耐えるのに必死で黙ったままだった。声には出さないが、表情で痛みを訴えるネロにロレーナはクスリと笑った。
「私はぁ、特に気にしないんですけどねー? でもぉ、言ってくれればよかったのにぃって思いますよ。ロドルフォさんはぁ、知ってたみたいですしー。……言えないことだとは、思いますけど」
愚痴っぽくロレーナは言う。ロレーナが愚痴を言うことは珍しいことだった。
「……別に、クリムも好きで、俺とかに教えた訳じゃ……ない、よ。偶然、だったんだ」
言いながら、ネロは初めてクリムが魔法を使っているところを見たときを思い出していた。あのときはネロもどうしていいか分からなくなり、ブランテに相談した。次の日ブランテはいなくなっていて、でもちゃんと帰ってきたっけ。なんて余計なことまで思い出すと、涙腺が緩み出した。慌てて思い出すのをストップしたため、涙は零れなかったが。
そうだったんですか。と言いながら、ロレーナは包帯を巻き始めた。ネロが涙目になっていることに気付いたが指摘はせず、微笑むだけだった。




