06
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翌日、ネロの店は臨時休業となった。その理由は二日酔いでネロが起き上がれないからなのだが、それを知る者はブランテしかいない。
朝、ネロの様子が気になって見に行くと、ベッドではなく床に、バーテン服の男が死体のように倒れていてブランテが死ぬほど驚いたがそれを知るのもやはり彼だけである。酷い頭痛の中、死体のように倒れて動けないでいたネロは暫く酒は飲むまいと心に堅く誓った。お酒はほどほどに。
「まさか店の酒が殆ど無くなるとは思わなかった……」
二日酔いから復活し、ネロはブランテを連れて町で買い物をしていた。通常なら、一週間に一度の仕入れでこと足りるのだが、騎士団達がパーティーでやたらと食べたり飲んだりしたために、店の在庫がほとんど無くなってしまったのだ。お陰で町の人にからかわれまくるネロである。
「くそぅ……おのれ騎士団…………」
「まあまあ、在庫空にした代わりに売上伸ばしてくれたんだから結果オーライだろ」
からかわれる度に恥ずかしそうに顔を赤くするネロをブランテはそう言って励ました。しかし売上が伸びることよりも羞恥の方が大切なのか、ネロは「うぐぐ……」と唸っていた。
「お、ロドルフォのおっさん」
「よう、ナンパ小僧」
唸るネロから目を離したブランテは、視界に入った頭のハゲた男に話し掛けた。額が後退し続け、もう後頭部にしか毛髪が残っていない頭が、今日も太陽の光を浴びて光っている。ハゲた事で頭の形が綺麗だと判明したロドルフォは、トリパエーゼの月と密かに呼ばれているのだが、本人は勿論知らない。今後も知らないでいてほしい。
「愛しの騎士団が帰ってきて嬉しい?」
「なーにを言ってんだ、それじゃあ俺がホモみたいだろ」
「中身は乙女だから問題ないと?」
「ぶっ飛ばすぞテメェ」
ブランテとロドルフォは笑顔でそんなやりとりをかわす。ロドルフォの中身が乙女だというネタがいつ生まれたのかは不明だが、乙女なハゲおやじなんて想像したくないなとネロは感じていた。多分誰だってそうだ。
「ところで、ロドルフォ。何かあった?」
ロドルフォは普段昼間でも酒場にいる。ロドルフォの酒場は昼間から営業している珍しい店なのだ。店の買い物は決まった日に宅配してもらうようにしてあるため、ロドルフォが買い出しに出ることはない。だから、ロドルフォが外にでていることはとても珍しい事になる。
「ああ、ちょっと気になることを聞いてな……」
どこか遠くの方を見ながらロドルフォは髭を撫でた。考え事を始めるときの彼の癖である。
それを見て、ロドルフォが何を聞いたのか気になったネロとブランテは、とりあえずロドルフォが何を見ているのか探してみることにした。後ろを振り返り北に向く。立ち並ぶ店の後ろに、青い空とあまり標高が高くない山々が見えた。それだけだった。
「……山?」
「お前たちは、あの山の噂とかとにかくあの山に関する話、なんか知ってるか? 嘘だと思うことでも何でもいい」
二人は山に関する話がないか、記憶の中を探るがやがて何も見つからなかったのか首を振った。ロドルフォはそれに「そうか」と短く答えると、一つため息をついてから語り出した。
「店の客から聞いた話だ。真偽は分からん。……あの山には、不老不死の魔女が住んでるらしい。なんせあの山を超えればシャンテシャルムだ。意味、わかるだろ? 真偽は分からんが、俺はこの噂は本当なんじゃねえかと思う。下手したら、パラジェーネとの戦争が終わったってのに、今度はシャンテシャルムと戦争をおっぱじめるかもしれん」
シャンテシャルムはロドルフォの言うように山を一つ超えた先にある国だ。隣国だが、フィネティアとは昔から仲が悪く何度戦争したかも分からない。騎士道を尊重するフィネティアに対し、シャンテシャルムは魔術を尊重しているのだから仕方がないことなのかもしれないが。
更に、フィネティアには魔術により国民がバタバタと死んでいった過去がある。その過去を理由に、フィネティアは魔術を毛嫌いしている。ロドルフォが戦争が起こるかもしれないと思ったのはそういった背景がある。魔術を嫌う者でなくとも、不老不死の魔女と聞けば必ず何らかの危害が加わると考えるのが普通だ。昔から敵視しているシャンテシャルムを攻撃するにはいい理由になる。
「しかもな、なにが最悪だって、その魔女は向こう側じゃなくてこっち側にいるらしいって事なんだ」
ネロとブランテは、そう続けたロドルフォに何も言えずただ黙っていた。そんな二人を気にもとめず、ロドルフォは再び山々と青い空を眺めてため息をついた。そして心配事が杞憂に終わるよう心の中で祈った。