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スメールチは傍目に見ても分かるくらい疲弊しきっていた。無理もない、モンスターに知能があったためダメージを多目に受け、ネロを庇ったために三ヶ所も刺されてそこから毒を注入されたのだから。
「とりあえ、ず。俺の家に、帰ろう……か。そこで治療を……ここじゃ、よくな、い」
そんなスメールチよりも自分のダメージは軽い、と強がってネロはゆっくり身を起こす。毒は浄化されたが、毒のダメージが消えたわけではないので体が酷く痛んだ。意識しなくとも、苦悶の表情を浮かべてしまう。
ネロに言われて初めてクリムは周囲を見回した。モンスターがいなくなったため、町の人々が戻ってきている。しかし、不老不死の魔女がそこにいるから近寄れない。そんな感じになっていた。彼らの目には恐怖と好奇とが入り交じっている。確かに居座るのは良くなさそうだ。
「……いや、私だけ立ち去れば大丈夫なの」
「大丈夫、じゃ……ない、だろ。いいから」
明らかに強がっているクリムに異論を認めない態度でそう言うと、ネロはやっとの思いで立ち上がった。が、既に倒れそうになる。
「ネロちゃんよォ、カッコつけたい気持ちは分かるが、テメェにゃ無理なんじゃァねぇか?」
それを支えたのはジェラルドだった。右肩にはぐったりとしているスメールチを担いでいる。突然現れたジェラルドに二人はポカンとする。特に何時もは出会ったら即喧嘩となるネロの驚いた顔は間抜けなものだった。
「あんだよ。間抜け面が更に間抜けてるぜ」
ニヤリと、ジェラルドは笑って見せた。ネロはそんなジェラルドに思わず「お前誰……」と言ってしまう。確かに誰か分からない状態だ。こんなのはネロの知っているジェラルドではない。
「はっ、お礼の言葉も知らねェのかよネロちゃんはよォ。せーっかく、人が親切にしてやったのによォ」
「ヒヒ……微妙に照れながら言ってたら、憎まれ口も、可愛い……もんだねぇ」
「落とすぞテメェ」
「ヒヒ、それはごめんだ、ねぇ」
ネロにはジェラルドとそんなやり取りを交わすスメールチが心なしか笑っているように見えた。いや、そんなことよりもジェラルドが誰かと楽しく会話をしていることのほうが驚きなのだが。中々失礼な認識ではある。
これ以上はスメールチのペースに流されてしまうと厄介だと感じ取ったジェラルドは、ネロを庇った左脇に抱えると無言で歩き出した。
「あ、歩けるって! 降ろせよ!」
「はァ? テメェがちんたら歩いてたら日が暮れんだろォ?」
問答無用でジェラルドは歩く。その背中を慌ててクリムは追いかけた。奇異の視線がクリムに合わせて動くが、気にしている暇はない。
歩きながらクリムはどうしてジェラルドだけは自分がいるところに近付いて手を差しのべてくれたのかという疑問を感じていた。そんなクリムの視線に気付いたのか、ジェラルドは何でもないような顔で言った。
「オレはアンタの正体を知ってっからなァ」
そうでなきゃネロに足を刺されてない、とジェラルドは言った。確かにあの喧嘩はクリムのことがきっかけになっている。
それに納得すると、クリムは勇気を出してもうひとつ訊くことにした。
「どうして、優しいの? 特にネロとは仲が……」
「本来こういうことをすべき馬鹿がいねェだろ。オレはソイツの代わりだ」
クリムが言い切る前にジェラルドは答えた。その答えで、クリムはジェラルドという人間のことと、ジェラルドとブランテの関係を少しだけ知ったような気がした。
「オレは、筋を通すヤツには寛大なんだよ」
続けてそう言うと、あとは黙って歩いた。
ネロの家に着くと、スメールチはネロのベッドへ、ネロはソファーに乱暴に下ろされた。そして自分の役目は終わったと言わんばかりにジェラルドはドアに手をかけた。
「あ、ジェラルド! ……その、ありがとう」
慌てて呼び止めると、ネロは礼を言った。ジェラルドはそれを鼻で笑うと、「無理して起き上がってんじゃねェよ、バーカ」と言ってネロの家を後にした。素直になれない奴である。
「……ふふ、ジェラルド君はぁ、相変わらずですねー」
ジェラルドと入れ違いに入ってきたロレーナが、そう笑ったのを聞いてネロもつられて笑った。そしてロレーナに怒られる前に、起こした体を再び寝かせた。




