09
「……くり、む…………?」
今にも途切れてしまいそうな意識を必死に繋ぎ止めながらネロは呟いた。それはとても小さな声だったが、クリムには聞こえたらしく「もう大丈夫なの」とネロを安心させるように笑った。だが、正常に働かない頭では何がもう大丈夫なのかさっぱり分からなかった。
しかし身体は正直なもので、クリムの声を聞いた瞬間一気に力が抜けて地面に倒れこむ。ぐったりと地面に倒れた状態で、じわじわと体を蝕んでいく熱や痛みと戦いながら、ネロはしばらく様子を見守っていた。意識はまだ、繋ぎ止められている。
「嬢ちゃん……バカなことを……」
ネロが気付かないうちにここまで来ていたらしく、ロドルフォがクリムにそんな言葉をかけた。
「なんのことなの? 私はただ、自分がやるべきことをしただけなの」
クリムはそれに毅然とした態度で答えた。例え、それが今まで築き上げてきた人間関係を壊す行為であったとしても、例え、この行為によってこの町にいられなくなってしまったとしても、クリムの決意は揺らがない。真っ直ぐな瞳で見つめられると、ロドルフォはそれに関してはなにも言えなくなり、代わりにクリムがやったことに関して質問をした。
「こいつら、急に動きが止まったが……嬢ちゃんは何をしたんだ?」
「『呪い』をかけたの」
「呪い?」とロドルフォは首を傾げる。魔術を忌み嫌うこの国では呪いすらも遠い存在である。実際ロドルフォは、呪いと言われてもパッと来なかった。子供がやっている遊びくらいしかイメージがわかない。
「うん。『その者に多くの苦しみを与える呪い』なの。この子達の場合は、多分、記憶と自我。奪われていたものを返す形になったと私は思うの。記憶と自我を奪われて、操られた自分たちにされたことと、自分たちがしたことが苦しみになるの。本当は、いい子みたいだから」
「ごめんね」と口だけを動かしてクリムは悲しそうな顔をした。その視線の先には攻撃意欲を失い、自分達の行動に愕然とするモンスターの姿があった。姿こそ違えど、中身は人間と変わらない。彼らにだって心はあるのだ。
「落ち着いたら、きっとすぐにシャンテシャルムの方へ帰ると思うの」
「元々こいつらはシャンテシャルムに居たのか?」
「そうだと思うの。私でない限り、こんなに沢山のモンスターを産み出すのは不可能だと思うから……」
クリムがそこまで言ったところで、ロドルフォの視線がクリムから外れた。クリムよりも後ろの方を見ており、その顔は少し険しいものになっていた。ロドルフォが何を観ているのか気になってクリムは後ろを向く。そこには、ネロとスメールチに毒を与えた植物型のモンスターと、それに寄生されたゴーレムがいた。植物型のモンスターのツタがゆっくりとネロとスメールチへ伸びており、ロドルフォはブロードソードに手を伸ばした。
「待って。あの子はもう大丈夫なの」
そんなロドルフォに、クリムはモンスターに攻撃意識が無いことを伝える。これ以上、誰かが傷つくのが嫌なようだ。
が、植物型のモンスターはクリムのそんな気持ちを知ってか知らないでか、伸ばしたツタをネロとスメールチにそれぞれ一本ずつ刺した。
「なっ……!? お、おい、嬢ちゃん!」
「待ってほしいの」
右腕を伸ばしてロドルフォを制止するクリムに、ロドルフォは慌てたように声をかけるが、クリムは腕を動かそうとはしなかった。そのままの姿勢で真剣にモンスターの動きを観察する。
「うっ……あ……っ」
苦しそうな声がネロの口から漏れる。ロドルフォの焦りは増すばかりだった。しかしクリムは動かないし、モンスターもなかなか刺したツタを抜かない。
それから少しすると、漸く植物型のモンスターはネロとスメールチの体からツタを抜いた。最初がどうだったのかはわからないが、申し訳なさそうにしていたのがロドルフォの印象に強く残った。
「……どう、やら……解毒、を、して……くれた、みたい……だ、ね…………」
二人が黙ってモンスターと見つめあっていると、スメールチが沈黙を破った。その声はまだ苦しそうである。




