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少ししてから冷静になったのか、スメールチは右手で顔を押さえて「今のは忘れてくれ……」と弱々しい声で言った。その顔は少し赤い。一ヶ月をかけて固めたキャラが崩壊していた。
いつもの無表情を取り戻すと、スメールチは「ブランテ君がやったことだけど」と何事もなかったかのように話し始めた。「嫌がらせだけじゃなかったの?」とクリムが訊く。これが本心からの言葉なのか冗談なのかは分からない。
「勿論、ブランテ君はそんなにちっちゃい人間じゃないよ。もっとフィネティアに不利益なことをしてたんだ。
と、言っても案外簡単なことでね。パラネージェにこの戦争についての情報を少しずつ漏洩していったんだ。外堀から埋めていく作戦だったみたいだね。パラネージェは商人ばっかだから、うまくいけば各地に拡散できるのさ。
あとは……あんまり簡単ではない話だけど、シャンテシャルムの女王とパラネージェの国王と仲良しになったぐらいかな。パラネージェは前の戦争でフィネティアに恨みがあるからね。ブランテ君の計画に喜んで協力しているよ。シャンテシャルムとパラネージェは同盟まで組んじゃったしね。
ちなみにこの戦争は僕の予想だけど、トイフェルには確実にいってるんじゃないかなぁ。ヒヒヒ、トイフェルはその名の通り鬼みたいに強いし、何より漢な国だからね。隣国だしその内乗り込んできちゃったりして」
「そうなったら本当に戦争だな……笑えないぞ。下手したらフィネティアは潰れる」
「そうだよ。ブランテ君は笑えないことをやったんだ。だから消された。ブランテ君の身体が帰ってこないのは隠ぺいのためだろうね。傷で誰が殺したか分かっちゃうんだろう」
「もっとも、僕はその笑えない状況になっても構わないんだけどね」とスメールチは一拍置いてから付け加えた。顔はいつもの無表情だったが、心なしか悲しそうに見えた。
(……当たり前か。こいつの国は敗戦してるんだし)
フィネティアに恨みを持っているだろうとネロは考えた。そして、それでもフィネティアに来て自分と取引をして、頻繁に商品を仕入れて持ってきてくれるスメールチにネロは感謝した。
「さて、重い話は終わろうか、お兄さん。開店はしていないようだけど、僕は仕入先だ。もてなしてくれるよね? してくれないんだったら、今度からお兄さんを得意先に出来ないかもしれないんだけど」
「それは俗に言う脅迫ってやつ? 真っ昼間からカクテルを飲むのはやめておいたほうがいいんじゃないのかな。……ってことでパニーノとジュースで我慢してよ。ハーブティーでもいいけど」
そう言ってスメールチはカウンター席に座り、ネロはカウンターの向こう側へ行って手を洗った。それから、キョトンとしたまま突っ立っているクリムを手招きして、スメールチの隣に座らせた。
「今日はお代はいらないよ。しばらく作ってなかったから、味が変だったらすぐに指摘して」
ネロはそう言ってパニーノを作り始めた。
結果から言うと、残念なことにこの日パニーノが二人に振る舞われることはなかった。パンを焼こうとしたところで、どこからか悲鳴が聞こえてきたのだ。一度、悲鳴が聞こえて外に出てみたらモンスターに襲われたことがある二人に悪い予感が過った。
「あの悲鳴を放置してお兄さんのパニーノを食べるってのは気分が悪いね。せっかくのお兄さんの料理なんだから、僕は美味しく食べたいかな。……さて、お兄さん。行こうか?」
「……ああ、行こうか。クリムはここで待ってて。すぐ、戻るから」
スメールチはいつも持っている大量の荷物を置き、ネロはベストを脱ぎ捨てて店を出ていった。予感はこの時点で既に確信に変わっている。




