02
クリムが生成したのは、蝶のような羽をもつ黄緑色のフェアリーだった。サイズは15センチ程でかなり小さい。黄色い肩ぐらいまでの髪を右側だけ編み込んでいる。ナディアに似ているとネロは思った。
「そのフェアリーは一体……?」
「シャンテシャルムがどういう状況なのか、確かめるの。偵察ってやつなの」
クリムがそう言うとフェアリーは礼儀正しく一礼して何処かへ飛んでいってしまった。素晴らしく行動が早い。
「偵察は分かった。でもなんでスメールチに話を訊くんだ? それに嘘つきって……」
「これ、もう一度よく読んでほしいの」
ネロの質問を予測していたのかクリムは間を置かずに紙を差し出した。それはあのブランテからの手紙だった。実質ブランテの最期の言葉が綴られているそれは、見ているだけでネロに息苦しさを与えた。今にも目から涙が零れ出してしまいそうだ。だが泣いている場合ではない。
ネロはそんな感情をグッとこらえて手紙に目を通した。しかし、どう読んでもスメールチを嘘つき呼ばわりする理由が分からない。
「……ごめん、分からない」
ネロは素直にギブアップ宣言をした。
ため息をついてから、クリムは「この文、少しおかしいと思うの」と、自分の考えを話始めた。
「確かあの男はブランテと会ってないと言ったの。でも、ブランテの手紙はあの男と会っているような口ぶりなの。本人に会わない限り、私たちとあの男が会ったなんて知るはずがないのに、ブランテはそれを知っている……。ね、おかしいでしょ?
それから、これは後付けだけど、あの男がこれをネロに渡すときに『そこに書かれていることが真実かどうかなんて知らない』みたいなことをいっていたはずなの。手紙の中身を知らないならそんなこと言えるはずがないと思うの。近況報告が書かれてるなんて確信は無いんだから。封筒にはちゃんと封がされていたから、開けて読んだってこともないと思うの」
「……まったく、お姉さんは鋭いねぇ。全部合ってるよ」
クリムの言葉に反応したのはネロではなくスメールチだった。噂をすれば影と言うが、それにしたってタイミングがよすぎる。
「んん? なんだい、お兄さん。鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしているよ。はは、変な顔。
僕がなんでこんなにタイミングよくここに来たか知りたいみたいだね。――まあ、大半はただの偶然で僕がたまたまトリパエーゼに来ていたからっていうのが理由なんだけど……残りはお姉さんが原因さ。真っ昼間から堂々と魔術を使い出したら吃驚するよね。で、話を盗み聞きしてみたら、どうやら僕のことを話してるみたいだったから登場してあげたのさ。お兄さんたち、実は僕のファンなんじゃない?」
いつも通り、スメールチは一人でペラペラと喋る。が、ブランテのことで疲れきっていたのか、どこか感情が冷めている状態にあるネロにはスメールチが少しだけいつもと違うことに気付いた。スメールチ・ザガートカ・アジヴィーニエという男は、確かに性格が悪いがこんなに人を煽るような言い方はしなかったはずだ。相変わらず無表情であるため、他の変化が見受けられないのが困ったところだが。
そこでネロはどうしてスメールチがいつもと違うのか、スメールチの心境を考えてみることにする。クリムだったら嫌いだからといってやりそうもないが、ネロは別にスメールチのことが嫌いではなかった。だから、彼の立場になってみることに何ら抵抗はない。




