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淡々と仕事を進めるネロに、ジェラルドはゆっくりと近づいた。それから持っていたオレンジ色の花束を差し出した。
花束の花は、黄色とオレンジの中間の色をした下向きの小さな花が主体となっていて、それを引き立たせる意味で白い小さな花が主体の花を囲んでいる。主体の花はサンダーソニア。周りの小さな花はカスミソウだ。サンダーソニアの花言葉は祈り。または祝福。今、この状況でネロに渡すのはとても場違いなものだった。
「これを、あのバカに手向けてやってくれやァ」
あのバカとは勿論ブランテのことだ。明るすぎるその花束は、勿論故人に向けることにも向いていない。花を買うときにクリムは何度もそう言ったのだが、ジェラルドは聞く耳を持たなかった。何か考えがあったのかもしれない。
そんな花束を、ネロは一瞥しただけだった。直ぐに視線は手元のグラスに注がれる。ひとつ、またひとつと、グラスは丁寧に磨かれていた。
「おい、ネロちゃんやァ、そーやって腑抜けるのもいいけどよォ、いい加減バカの葬式でも開いてやったらどうだァ? 喪主はお前なんだろォ?」
小バカにするような態度ではなく、真剣な表情で至極真面目にジェラルドは言った。
そんなジェラルドに目もくれず、ネロは「仕事あるから」と小さな声で答える。この発言は、勿論ジェラルドを苛立たせた。どうして親友が、大切だった奴が死んだというのに仕事を優先できるのか。どうして弔ってやろうとしないのか、ジェラルドには不可解だった。
小さな苛立ちは、やがて怒りへと変わっていく。ジェラルドは元々沸点が低いのだ。
「あのバカはこんな屑の為に今までやって来たってのかよォ! なあ、ネロちゃんやァ!! それともあれか? 実はあのバカの一方的な身勝手な行動だっただけで、あのバカはテメェの中でその程度の存在だったのかよ。
ハッ、薄情な奴がいたもんだ」
感情的になると必要以上に相手を煽ってしまうのがジェラルドの悪い癖だった。どうして、わざわざ喧嘩の火種を撒くのか。いつ引火するか分からない二人の様子を、クリムはヒヤヒヤしながら無言で見つめていた。
相変わらずネロはなにも答えなかった。答えようとすらしなかった。聞いていなかった、と言っても納得できるほどに。
「ああ、そもそもテメェは人間じゃねェから感情なんてねえのか……」
「なにも思ってないわけ、無いだろ!?」
失望したように吐き捨てたジェラルドの言葉に、やっとネロが反応した。言うと同時にグラスを持ったままの右手を思い切りカウンターに叩きつけたため、ネロの手の中でグラスが割れた。割れたグラスはネロの手を傷つける。傷からは、真っ赤な血が流れていた。
「何も、感じないわけ、無いだろ……ッ!? 何年俺があいつと一緒にいたと思ってんだよ! どれだけの時間過ごしてると思ってんだよ! どれだけ俺があいつを心配したと思ってんだよ! どれだけ……ッ!」
叫びながら、ネロはカウンターに乗っかる形でジェラルドの胸ぐらを掴んだ。グラスで切れた右手で、思い切り。
「じゃあ、何でテメェはこんなことしてんだよ。んなことご立派に言えんのなら、自分のやるべきことっくらいわかるだろ。なァ?」
ネロとは対照的に、ジェラルドは静かにしかし威圧的に言う。胸ぐらを掴むネロの手に、更に力がはいった。
「うるせえよ! 余計なお世話なんだよッ!! なんでお前らはそんなに切り替えが速いんだよ! どうして直ぐに認めるんだよ! こんなこと、認められるわけ、無いだろ……ッ? 認めちまったら、そこで、おしまい、だろ……ッ!」
後半はうまく喋れなくなっていた。なんとか区切って言い切ったが、これ以上は言えそうになかった。言葉を出そうとすると、嗚咽が漏れる。
いつの間にかネロは泣いていた。
胸ぐらを掴む手の力も次第に抜けていき、ずり落ちていく。最終的にジェラルドの胸で泣く感じになっていた。そんなネロの姿をみて、ジェラルドはなにも言えなくなっていた。ただ、親友の死を受け止められない目の前の男が、感情のある人間だという事実に安堵した。
「……ッ、そんな、命、掛けてまで他人を助けることが、立派なことなのかよ……」
誰に宛てられたのか分からないネロの悲痛な呟きが静かな店内でやけに大きく響いた。




