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誰に言った訳でもないのに、ブランテが死んだという話はすぐにトリパエーゼ中に知れ渡った。そして誰もが彼の死を悼み悔やんだ。どれだけ彼の存在が大きいものだったかがわかる。
理由はわからないが、ブランテの身体はトリパエーゼに帰ってこなかった。この国にすら帰ってきていない可能性がある。ロドルフォはこのことに激しく怒り、何度も騎士団に抗議をしたが、ブランテが帰ってくることはなかった。ネロの店で飲んでいた姿がこの国でのブランテの最期の姿となり、ネロの元に届いた手紙がこの国でのブランテの最期の言葉になってしまったわけだ。
騎士団員が言った通り、ブランテには家族がいない。ネロと同じくロドルフォに育てられている。そのため喪主はロドルフォかネロになるわけだが、いくら周りが弔ってやりたいと言っても、どちらも葬儀の計画をたてなかった。ロドルフォはブランテに関する全ての権利をネロに渡してしまい、ネロは報告を受けてから家に引きこもってしまっていた。結果、一週間たっても葬儀は行われず、墓も建てられていない。
なにもしないネロを見ていられなくなり、クリムはとうとうネロの店を飛び出した。
「……私は、ブランテのためにどうしてあげたらいいの?」
飛び出して上がり込んだのはロレーナの家だった。いつも通りナディアもそこにいて、クリムは二人に愚痴をこぼす。
「それはぁ、私だって訊きたいくらいですよー……。今だから言いますけどぉ、私は、ブランテ君のことがぁ、好きでしたから……」
泣くことに疲れてしまったのかロレーナは弱々しく微笑んだ。それを聞いて、クリムは少しだけ驚きの表情を見せる。が、すぐに目を伏せてしまった。
「……どうして、ネロはあんなになっちゃったの……」
静寂の中でポツリと、クリムが漏らした。悲しそうな、嫌悪しているような、同情しているような、そんな顔をする。
「ネロ君がどうかした?」
「……ネロはおかしくなっちゃったの。なんか、」
クリムが何かをいいかけたところで、ナディアの視線が上に動いた。それに気付いてクリムとロレーナはナディアの視線の先を追う。そこには、黒くて筋肉質な体をした髪型がオールバックの男、つまりジェラルドがいた。
「あ、ジェラルド君。なに? 今女子会してるんだけどなー」
なるべくいつも通りの口調でナディアはジェラルドに話し掛けた。もしかしたら、これを機にこの場の暗い空気を払拭させようとしたのかもしれない。
「あ、じゃねェよ。……まァいい。ちいっと花言葉ってやつを訊きたかったんだけどなァ。その話、俺様にも聴かせろ」
その表情は、いつか見たネロと喧嘩しているときの悪意に満ちたものではなくて、クリムは少しだけ安心した。彼だって普通の人間なのだ。
「あの腑抜けがどれだけ落ちぶれたのか楽しみだ」
悪意のない顔でそんなことを言われると、ただの強がりみたいに聞こえて、クリムは微笑みを漏らした。
◇
クリムの話を聴き、花を買うとジェラルドはクリムと一緒にネロの店に来ていた。
ネロの店は、普段はまだ営業時間ではないはずなのに『営業中』という看板がかかっていた。ジェラルドはそれを見て眉を潜める。
「……なるほどなァ。こりゃあ正気じゃねェなァ」
心底軽蔑するように吐き捨ててから、ジェラルドは勝手に店のドアを開けて中へ入っていった。
店のなかに入ると、抑揚のない声で「いらっしゃいませ」なんて言葉を投げ掛けられる。それは紛れもないネロの声で、ネロはカウンターに立ってグラスを拭いていた。目は完全に死んでしまっていて、ドロリと濁った瞳を向けられるとジェラルドですら一瞬怯んでしまった。




