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仕事が終わりやっと寝られたというのに、ネロは一時間ほどでクリムに叩き起こされた。しかし、起きないというわけにはいかない。来客のようだ。
「私が代わりに用件を伺いますって言っても融通がきかなかったの……。とにかくネロを出せって……」
「わかった、ありがとう」
ネロはクリムに礼を言うと、玄関つまり店の出入口に向かった。
扉を開けると、そこには見知らぬ騎士団員がいた。鎧のデザインを見ると、国直属の騎士団員ということが分かる。ネロは無意識に背筋を伸ばした。
「朝早くに失礼いたします。ネロ・アフィニティー殿に報告と、届け物があり参りました」
堅い口調で騎士団員は言う。ネロはどう言葉を返したらいいかわからず、騎士団員の言葉を待った。まさか、クリムのことがバレてしまったのだろうか。そんな悪い予感が脳裏をよぎる。
しかし、騎士団員が言ったことは、それよりももっと悪いことだった。
「ブランテ・エントゥージア殿が、シャンテシャルムにて戦死しました」
「…………は?」
ネロは最初に、聞き間違いを疑った。それから頭のなかで騎士団員の言葉を反芻し、次に言い間違いを疑った。しかし、騎士団員の態度からそんなことは無さそうだ。彼はネロがその言葉を飲み込むのを待っている。そんなこと、出来るわけがないのだが。
「……なん……で……?」
やっとの思いで声を出すが、明らかに震えていた。今にも消えてしまいそうな、か細い声だ。
「ご遺族の方がいらっしゃらないということでしたので、一番親しい間柄であった貴方にご報告させていただきました。それから、此方は彼の遺品です。本人の遺言に従い、持って参りました」
淡々と、事務的な口調で騎士団員は言う。書かれていることをそのまま覚えて棒読みしているだけに過ぎないその言葉は、ネロの心に容赦なく突き刺さった。
騎士団員から手渡されたのは、見覚えのある一本の短剣、それからブランテ愛用の帽子だった。いつも肌身離さず持っていたその二つが、どうして持ち主の元を離れて自分のところにあるのか、現実を受け止めきれない頭がそんな疑問を渦巻かせていた。
「それでは、失礼します」
短剣と帽子をただ呆然と見つめるネロにそれだけ言うと、騎士団員は背を向けて歩き出していった。その背中が小さくなっていくのを、ネロは見届けられなかった。
「あれ? あの人、帰ったの? 一体どんな用事で……ネロ?」
ドアを開けたまま立ち尽くすネロにクリムが心配そうに声をかけた。ネロにはその声が届かない。
ふと、クリムはネロの体が震えているのに気付いた。それから何かを持っているらしいことを知る。ネロの持っているものを見て、クリムは目を見開いた。ほんの数ヵ月の付き合いでも、それが誰のものかぐらいは分かる。
「……ネロ、それは、何?」
「…………」
ネロは何も答えない。
「……ねえ、ネロ。それ、誰の……?」
「…………」
ネロは口を重く閉ざしている。
「……それ、ブランテのじゃないの?」
「…………」
ネロは顔を動かさない。
「ねえ、ブランテはどこなの!? ねえってば……!」
とうとうクリムはネロにつかみかかった。両手を肩において、無理矢理ネロの体の向きを変え、自分と向き合わせる。そこで初めてネロの顔を見たクリムは一瞬怯んだ。顔は青ざめ、目は焦点があっていない。
「…………ブランテが、死んだって……」
少しだけ動かされたネロの口から飛び出したのは、二人にとってとても残酷な言葉だった。




