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「ところで、ルッチーさんはネロ君とどういう関係なんですか?」
暫く談笑したあとで、思い出したようにナディアはそう訊いた。ネロが「取引先だよ」と、答えようとするのを遮って、何も言えないようにご丁寧にネロの口をふさいでまでして、スメールチはネロとの関係を説明する。
「僕かい? そうだねぇ、一言で言うには少し難しいんだけど……それでも簡潔に表すとしたら、愛人が一番しっくりくるだろうね」
「……あい、じん?」
それを聴いた瞬間、ナディアの目から光が消えたような気がした。
「ああ、愛の人と書いて愛人さ。
しっかし、ネロ君ってば酷いんだよ。愛人である僕をちっとも愛してくれなくてね。残念ながら未だに体だけの関係なんだ。ヒヒヒ、愛人なのに愛していないっていうのも少しおかしな話だね」
「いやいやいやいや、何だよ愛人って! 俺は君とそんな関係になった記憶はないし、そもそも俺たちは名前を呼び合う仲ですらない!」
懇切丁寧に嘘の説明をしたスメールチの手をやっとのことで口からはずすと、ネロはあわてて本当のことを話した。しかし慌てすぎて弁解しているようにしか聞こえない。
「やだなぁ、ネロ君。今さら恥ずかしがることでも無いじゃないか」
「恥ずかしがってないわ! 誤った情報を正してるだけだ!」
「ああ、そうだったね。僕は愛人ではなくセック……」
「わああああぁぁぁぁッ!!」
今度は耳まで真っ赤にしたネロがスメールチの口を塞ぐ番だった。恥ずかしさや、クリムとナディアの前でそんな話をしたくないという気持ちからの行動だったのだが、これもまた残念なことに浮気を必死に隠そうとする男にしか見えない。
「……なんだか、ブランテ君みたいな人なんだね、ルッチーさんって」
途中まで二人のやり取りに圧倒されていたが、後半から楽しく聞いていたナディアがそんなことを言った。その言葉にネロは「ブランテよりも疲れる……」と疲れた表情で返し、スメールチは「ブランテ君よりもネロ君の方がいい反応するね」と無表情で返した。ネロもブランテも完全にスメールチに遊ばれている。
「あと、ルッチーさんって男なの? 女なの?」
よくも悪くも正直で思ったことを素直に言えるナディアは次にそんなことを訊いた。この数週間、スメールチとは何度もあっているのだがその度にネロとクリムが飲み込んできた質問だった。何故かは分からないが、訊くのを憚られたのだ。つまり今までで一度もスメールチの性別が判明したことはない。
そんな訊きづらい質問をしたナディアに対し、スメールチは「どっちがいい?」と声色だけは楽しそうに言うのだった。恐らく答える気は無いのだろう。
ネロとしては知りたいような知りたくないような微妙な心境だった。もし、スメールチが男だったら、ネロは男に愛人呼ばわりされてしまったことになる。たとえ冗談だとしても、野郎を恋愛対象として絶対にとらえないネロとしては嫌なものである。鳥肌だって立ってくる。しかも、嫁にほしいと言われているのだ。嫌すぎる。
二分の一の確率だが、当たったときの精神リスクがかなり大きい。賭け事はしない主義のネロは確実に避けて通りたいところだ。
答えないスメールチにナディアが不満そうな顔を向けると、スメールチは珍しくウインクをして(ウインクをしても無表情なのだが)答えた。
「ほら、ミステリアスってものだよ。そっちの方が惹かれるだろう?」
なんだそれはとしか言い様のない答えだった。
客がほとんどいなくなり、ナディアとスメールチだけが残っている状態になると、スメールチはクリムとネロを呼んだ。そして一通の封筒を手渡す。
「今日の僕のもうひとつの目的なんだけどね。ブランテ君からの手紙だよ。仕入れのためにシャンテシャルムに行ったら、向こうの知り合いに託されたんだ。『フィネティアに行く用事のある人にこれを渡してほしい。トリパエーゼにいる親友達に届けたいんだ』ってブランテ君は知り合いに渡したみたいだよ。面白いもんだね、結局その用事のある人は見ず知らずの他人ではなくて、よく知った人間だったんだから。世界って狭いもんだねぇ。
だからなんだって言わないでおくれよ。僕が言いたいのはね、つまりブランテ君には会っていないからブランテ君のことを聞かれても分からないってことさ。その手紙に何を書いてあるかは知らないけれど、それが本当かどうかなんて僕に訊かれても困るからね。
それじゃあ、ゆっくり読んでくれ。僕はもう行くよ。またね」
三人が言葉を挟む隙も与えず一気にそう言うと、スメールチは荷物を抱えて店を出ていった。マイペースな奴である。
ネロたちは、閉店時間にはまだ早かったが店を閉めて、スメールチのいう通りブランテの手紙を読むことにした。




