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こんなことを聞いてしまうのなら、さっさと注文されていたカクテルを出してクリムを酔い潰してしまった方が良かったと、ネロは心の底から後悔した。しかし後悔したところで時は戻らない。当たり前だ。ネロには過去を変えられるような特別な力は備わっていない。
ネロは自分がどんな顔をしているのか、これからどんな顔をしてクリムと話せばいいのか分からなくなってきた。
初恋は実らないとよく言うが、実らなかったときの衝撃がここまで大きいとは夢にも思っていなかった。自分の女々しさを再確認してネロは悲しくなった。
ネロにとって息の詰まる沈黙が続く。沈黙が破られる気配はない。自分から破る勇気もない。ブランテがいたら殴られないほど今の自分は情けないという自覚はあった。しかし、こういうときに何もできないのがネロなのだ。
そんな沈黙を破ったのは、ネロでもクリムでもなく、ドアが開く音だった。条件反射でネロは「いらっしゃいませー」と口を開く。
ドアを開いて店内に入ってきたのは、すっぽりとマントで身を包んだ男とも女とも言えない中性的な人物だった。深い緑色の髪の毛に白い肌。マントの色は髪の毛よりも暗くて薄い緑色で、靴はマントと同じトーンの茶色。一目見て、『ザ・アースカラー』と名付けられそうだ。
「今晩は。ここはバーで合ってるかい?」
謎の人物は迷いもせずネロの目の前にどっかりと座って馴れ馴れしい口調で話しかけた。表情は全く動いていない。無表情だ。
「ああ……はい、そうです。ご注文は?」
「とりあえずウォッカベースで作ってもらおうかな。ウォッカであれば何でもいい。僕はウォッカが大好きなんだ」
「はあ……」
無表情でペラペラと喋るザ・アースカラーにネロは気の抜けた返事をする。通常ではあり得ない接客態度だが、ザ・アースカラーは気にした風もなくネロに喋り続ける。
「この店の色合いはいいね。僕が今までで見た中で一番クラシックな色で纏まってるよ。お兄さんもお姉さんも含めてね。
ところで知ってるかな。クラシックな色は『永遠』をイメージさせるんだ。永遠。いい響きだよね。生物の一番求めるテーマだ。特に普通の人は、ね。
お兄さんは『永遠』についてどう思うかな? ちなみに、そこのお姉さんも。お姉さんは酔ってるみたいだけど、普通の人みたいに潰れるなんてことはないでしょう? 答えられるよね」
なんの脈絡もなくそんなことを話すザ・アースカラーにネロは怪訝な視線を送る。不老不死であるクリムを目の前に、わざとそういうことを言っているのだろうか。それともたまたまだろうか。手を動かしながらネロはそんなことを考える。
「……『ツリガネスイセン』。ねえ、貴方はパラネージェの人なの?」
「ああ、そうだよ。僕はパラネージェ人さ。商売のために世界を回る根無し草なパラネージェ人さ。そういう君はかの有名な不老不死の魔女様なんだろう?」
突然魔術を発動させて、さっきまで酔っていたのが嘘のように冷静になったクリムがザ・アースカラーに問う。ザ・アースカラーは無表情のまま飄々とクリムが不老不死の魔女だということを口にした。
「…………」
なにかを言おうとするが、言葉が見つからずにクリムは黙る。それはネロも同じだった。目の前の得体の知れないパラネージェ人をどう扱っていいのか分からない。店を開いている者としては失格なことに、客としてすら扱っていいのかわからなくなっていた。
「ヒヒ、そんな怖い顔をしないでよお兄さん。ホラ、折角のかっちょいいバーテンダーが台無しだよ」
「……君は」
「ヒヒヒ、『君』なんて呼ばれるのは初めてだねぇ。なんだかくすぐったいよ。呼び方に困るんだったらさぁ、僕の名前でも覚えてくれるかい? スメールチ・ザガートカ・アジヴィーニエって少しだけ長いんだけどさ」
やはり無表情で、ザ・アースカラーもといスメールチは無理矢理自己紹介をした。ここで笑みを浮かべていたら少しだけ好感が持てただろうかとネロは思った。




