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それから三人は落ち着きを取り戻して、ネロは目的を果たすことにする。ほしいものはパニーノ用のパン、朝食用のパン、それからスフォリアテッレだ。一瞬、新メニューのために違うパンも買おうか悩んだが、作るものが決まっていないのに材料だけ買っても無駄になると気付いてやめた。トレーにパンをのせるとレジへ持っていき会計を済ませる。
会計が終わり帰ろうとしたところで、ネロはブランテのことを思い出した。そういえば、二人は知っているのだろうか。知っていないとしたら、勝手に自分が教えてしまってもいいものだろうか。そんなことを少し考えてから、黙っていて二人がブランテがいないと騒がれるのが一番駄目だろうと結論付けて言うことにした。たった一言のためにやけに理由が必要な男である。
「ブランテのことなんだけどさ」
「ブランテ君がぁ、どうかしましたー?」
「またブランテ君お仕事いったとかー?」
「ああ、そうなんだよ。全く落ち着かないやつだよな」
ほのぼのとした空気でロレーナとナディアが聞いてくるため、ネロもそれにつられてしまう。口調が自然と明るくなり、不安を煽るようではなくなったため結果オーライかと一人で納得した。軽さ的には、ブランテがまたナンパをして失敗したということを話すくらいの軽さだ。
「今度はどのくらいで帰ってくるの?」
「さあ? 長くなるとは言ってたよ」
「へぇ……じゃあ、ネロ君はこれを機にブランテ君離れしないとね!」
「はは……」
ナディアにまでクリムと同じことを言われてネロは苦笑するしかなくなる。他人から見ると、どうやらネロとブランテはそういう関係に見えるようだ。
「ちなみにぃ、ブランテ君はー、今度はどこに行ってるんですかぁ?」
「シャンテシャルムだってさ。しかも国の命令らしい」
「…………え?」
瞬間、ロレーナの顔から感情というものが消え去った。ナディアはロレーナのその異変にすぐに気付いたが、ネロは気付かなかった。そして、「でもまあ、心配するなってさ。そういうわけだから」なんて言って軽く手を挙げるとパン屋を出ていってしまう。
パン屋には衝撃を与えられたままの二人だけが残される。
「……ロレーナ、大丈夫?」
俯いたロレーナにナディアが心配そうに話し掛ける。少し間をおいてから、ロレーナは、顔を上げて悲しそうな笑みを浮かべて答えた。
「大丈夫ですよぉ、ナディアちゃん。こうやって私が心配してもぉ、ブランテ君の為にならないこと、わかってますからぁ……。そもそも、私にはぁ、ブランテ君の為にしてあげられることがぁ、ほとんどありませんからぁ……」
「ねえ、ロレーナ」と、明らかに元気を無くしたロレーナにナディアは何かを決意したような目で言う。
「そんな顔するんだったら伝えようよ。ブランテ君が帰ってきてから……」
「伝えませんよ」
ナディアの提案をロレーナはピシャリと断る。その口調に、いつものロレーナの穏やかなものはない。
「……ブランテ君はぁ、倍率が高いですからー……」
いつもの口調に戻すと、ロレーナはにっこりと笑って言った。ナディアはその言葉に何か裏があるような気がした。




