04
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その日の夜、ネロの店は珍しく人で溢れていた。そのためカウンターだけでは足りず、倉庫に仕舞い込まれていたテーブルが総動員する事になり、椅子が足りないため立ち飲み状態になっていた。もはやパーティーに近い。
普段はブランテや他の客とのんびり会話をしながらカクテルを作っているネロだが、そんな余裕が今ももてるはずがなく、カウンターの内側を忙しく動き回っていた。店員がネロ以外いないせいで、つい最近までステアすら知らなかったブランテに手伝いを頼む始末である。
「おいおい、ネロちゃーん! 酒が足りないぞ酒ー!!」
店内の中央で既に顔が赤い男が言った。店内のざわめきに負けないよう声を張り上げて、ネロはそれに答える。
「うっさい! カクテルはそんながぶ飲みするもんじゃないし、パーティー開きたいなら他へ行け!!」
「せっかく戦に勝って愛する故郷に帰ってきたっつーのに、ロドルフォの野郎の顔見たら気分が萎えちまうだろ? あんなオッサン面見るよりはネロちゃんの可愛い面拝んだ方が酒が進むんだよ。……で、まだか?」
「い、いつの間に……ッ」
ついさっきまで店内の中央にいた筈の男がいつの間にかカウンターを挟んでネロの目の前にいた。そして、ネロの顎を指先で軽く上げ寒気がするような事を平気で言う。酒の催促をした彼にプレゼントされたのは、ネロの右ストレートだった。
「おーい、ネロー? 馴染みとはいえアドルフォは一応、トリパエーゼの騎士団長様だぞー」
そんな様子を笑いながらブランテは注意した。トリパエーゼとは彼らが住むこの町の事で、たった今ネロがグーで殴ったアドルフォという酔っ払いは、騎士道を尊重するこの国では町で一番偉い立ち位置にいる(村長もいるが国家の犬とまで言われる騎士の方が地位が上なのだ)。
ブランテの注意にネロは「気持ち悪いこと言ったこのおっさんが悪い」とアドルフォを指差して言った。反省する気が皆無どころか、殴った自分を正当化している。馴染みであるため地位に構うつもりは無いらしい。
アドルフォの部下である周りのその他酔っ払い達は、とりあえず空気に便乗して「騎士団長がなんだー!」とか「いいぞもっと殴っちまえ!!」と盛り上がっている。なかなか楽しい空気になりつつある。ネロはため息を一つついてから、
「うるっせえ酔っ払い共!! いい加減酒飲むのやめて、少し酔いを覚ましてから帰れ!!」と怒鳴った。オッサンたちはそんなツンデレ発言をするネロに盛り上がる。酔っぱらってさえいなければ、男であるネロにこんなにも盛り上がるはずがない。それどころか「もっと飲ませろケチ」とブーイングの嵐になるはずだ。酒って恐ろしい。
「この様子じゃまだしばらくは飲んでそうだな」
手際よく空いた皿やグラスを回収してきたブランテが苦笑を漏らした。「なんか割れないといいけど」と、ネロはこめかみの辺りを押さえながら言った。普段の静かな店内を考えると、頭痛がしそうな光景がネロの目の前に広がっている。バーってなんだろう。と疑問を持ち始めてもおかしくはない。
「悪いなー、ネロちゃん。帰国しても一週間くらいお堅い連中に拘束されてたから鬱憤が溜まってんだよ、こいつらも」
ネロに右ストレートをお見舞いされたときとは打って変わって、落ち着いた様子のアドルフォが言った。その手にカクテルはなく、変わりに水が注がれたグラスが持たれている。酔いがさめてきたようだ。
彼らが暮らすフィネティアという国は戦争中でもそうでないときと変わらず平和な日々を送っていた。トリパエーゼはそんな国の中で最も北の山の中に位置する町であるため、余計に平和でほのぼのとしていたのは言うまでもない。そのため、ネロやブランテには自分達が戦争をしているという実感が無かった。騎士団が帰ってきてバカみたいに騒いで、やっと戦争の実感をした程だ。
フィネティアはパラネージェという国と戦争をしていた訳なのだが、もしかしたらその事実すら知らない国民がいてもおかしくないくらい、フィネティア国内は平和ボケまたは上層部によるコントロールをされていた。恐らく、一般国民は戦争をした理由すら知らない。
そんな事を考えて、水を飲みながらアドルフォは苦い顔をした。アドルフォの表情を見てネロとブランテは不思議そうな顔をするが、アドルフォは何も言わなかった。