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「それじゃあ、私はちょっとこの子を家に置いてくるの。もしかしたら明日まで帰ってこれないかもしれないから花のお世話よろしくなの」
ロドルフォが帰ると、次にクリムが子犬のガルムを抱いてネロの店を後にした。ネロはまだ動けそうにないため、クリムに任された花の世話は必然的にブランテがやることになるだろう。ガルムを飼うつもりでいたネロは少しだけ寂しそうだ。
「……ブランテ、さっきの話だけどさ」
室内の花に水をやるブランテにネロは気になっていたことを聞いた。恐らく、自分が辿り着いたものとブランテが辿り着いたものの答えあわせがしたいのだろう。
無言で如雨露を置いて、ブランテはネロのもとへゆっくりと歩く。そして、ソファーに寝転がるネロと向かい合った。その顔には勿論笑顔はない。どこか思い詰めたような顔だった。そのことにネロは疑問を覚えるが、答えあわせを優先する。
「クリムの話聞いてて、俺はフィネティアがモンスターから魔力を搾り取ってるんじゃないかって思ったんだ。……聞きそびれたけど、ゾンビに魔力が必要ないとしたら……」
「多分、ゾンビに魔力は要らないぜ。……実はな、ネロ。もしかしたら俺、魔力を読み取るっつーか、見るっつーか……分かるかもしれないんだ」
そう言うブランテの顔は無表情だった。ネロはブランテのこんな表情を一度も見たことがなかったため、得体の知れない不安を覚える。そんなネロを無視してブランテは淡々と今までの自分の経験を話し始めた。
「どこから話すべきかな……とりあえず、ずっと言ってなかった仕事の話でもするか。
俺の仕事は便利屋みたいなもんで、用心棒とか人探しとか……まあ金貰って色んな依頼を受け付けてんだ。殺しは受け付けてないけどな。それで、だ。一年前までは俺、色んなところ飛び回ってたんだよ。ネロがバーを開くまではこっちにいる時間のほうが短かったかもしんねーな。シャンテシャルムにも行ったし、パラネージェにも行ったし……この近辺の国は大体行った。そこで俺はモンスターの対処法とか戦い方を知ったんだ」
記憶がほとんどないくらい小さい頃から一緒にいた親友の秘密はかなり大きなものだった。昼間ほとんど町にいないことまではネロは知っていたが、色んな国に行っていたことは全く知らなかった。話されたことがなかったのだから、仕事についても勿論全く知らない。
「シャンテシャルムとかすげーんだ。モンスターばっかで、やっぱり盗賊とかいて襲ってくるんだ。フィネティアにも盗賊とかいるけど、こっちはただの人間だから何にも怖くないんだ。で、シャンテシャルムでモンスターばっか相手にしてたら、モンスターと人間を見なくても判別出来るようになってきたんだ。
……実は、クリムちゃんを初めて見たときも普通の人間じゃないってのは分かってたんだ。黙っててごめんな、ネロ。でもフィネティアで普通の人間みたいに暮らそうとしてるとこ見てさ、絶対ばらしちゃいけないもんだって思ったんだ。だから、黙ってたこと、怒らないでくれ。
あーっと……俺、何言おうとしてたっけっかな……」
「知らないよ」
知るわけないだろ、とネロは出来るだけ笑って言った。不安を忘れてしまいたかったのだ。淡々と無表情で喋ること、そして何より、今まで決して話そうとしなかったことを今一気に話していることにネロは不安を越えて恐怖すら感じていた。




