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「黒魔術には、基本的に魔力は必要ないの」
今度は図を書かずに口だけでクリムは説明を始めた。眉間に皺を寄せて、声はいつもより低い。黒魔術に対して相当な怒りがあるようだ。
「その代わりに、なんらかの代償を必要とするの。……黒魔術で出来ることは、死者の復活とか、他人を即死させるとか……呪いって言えば分かってもらえるかな? 禁忌に分類されることが出来るの。それしか出来ないって言う方が正しいかな。だから、普通は使わないものなの。
黒魔術の代償は主に他人の命なの。他人を犠牲にして魔術を完成させる……命をつかうって点に関しては私も同じようなものだけど、自分の利益のために他人を平気で犠牲にする奴等とは一緒にしないでほしいの」
代償に関する説明の時に一層クリムの表情が険しくなった。ロドルフォも眉をひそめる。時折視線を宙に泳がせるため、ロドルフォは話を聞きながら別のことを考えているのだろう。そんなロドルフォがブランテとネロはなんとなく気になったが、話を聞いていて二人には思うところがなかったためロドルフォが何を思っているのかは全く分からない。
「この国に、魔術によって多くの人が犠牲になった事件が起こったって話は聞いたことがあるの。私はその事件、黒魔術が関わっていると思ってるの。街が破壊されたってことはなくて、被害は人だけだったみたいだから……。『代償』のための犠牲だとしたら、黒魔術が使われたってことで納得できるの。……まあ、代償じゃなくても黒魔術には人に死の呪いをかけるものもあるから、原因が何かはっきりとしたことは言えないけど。
とにかく、私が分かってほしいのは、黒魔術は人の命を犠牲にして成り立つもの。そして、成り立った魔術は必ず人の命に関するってことなの」
「なるほどな。……で、それがモンスターの一件とどう関わってくるんだ?」
クリムが続きを言おうとしていたのかどうかは分からないが、憎しみのこもった表情で話すクリムを見ていられなくなったブランテは強引に黒魔術の話を終わらせた。だが、残念ながらクリムの表情が和らぐことは無く険しいままだ。憎しみもそのままである。
「私は、町を襲ったあのモンスターたちがゾンビみたいだと思ったの」
ゾンビは自然に生まれるモンスターではない。死体から無理矢理復活させられてなるものだ。復活は黒魔術のみでしか行えず、ゾンビ一体に大体三人ほどの人間の命を使う。ゾンビたちには感情がなく、思考することもない。自分を復活させた主人の命令を淡々とこなす奴隷のようなものだ。
モンスターを創り出すという点では黒魔術を使う者とクリムは同じだが、創ったモンスターへの対応を見れば、両者は対極の立場にあると言える。クリムが険しい表情で『一緒にしないでほしい』と言うわけだ。
「ちなみに、シャンテシャルムの人は黒魔術を使わない。そんなことをする必要がないし、シャンテシャルムでは黒魔術は忌み嫌うべきものだから」
「だから、モンスターの件にシャンテシャルムは関わってないと思うの」と強い口調でクリムは言った。
「なるほど、だからお嬢ちゃんはこの国に黒魔術を使う馬鹿がいないかって聞いたのか。お嬢ちゃんの話を信じれば、フィネティアも疑わしいもんな。……ただ、俺にはフィネティアがそんなことをして何のメリットがあるのかがわかんねぇ」
「あの時、なんとなく意識が朦朧としてたからわかんなかったけど、モンスターたちってクリムを追いかけてなかった?」
頭を捻るロドルフォの言葉で、思い出したようにほとんど黙っていたネロが言った。肯定の意味でクリムは黙ってうなずく。その反応を見て、ブランテは小さく「あっ」と声を上げた。
「どうした? 何か分かったのか、ブランテ」
その反応をロドルフォが無視するはずもなく問いかける。おそらく、ロドルフォが聞いていなかったらネロかクリムが効いていただろう。
ブランテは質問にバツが悪そうな顔してから、「メリットは分かんねえけど……」とブランテにしては歯切れ悪く答えた。気になることはあるらしい。それが分かった三人はブランテの言葉の続きを待った。
「……なあ、クリムちゃん。魔力は油として湧き出ることはあるか? ……この国じゃ、『マーゴ油』が主なエネルギー源だけど、俺たちは『マーゴ油』がどこから取れてるのか知らねえんだ」
「……ちなみにマーゴってこの国の言葉で『魔法の』って意味があって、それが魔力の塊だってことは理解してるよ」
ブランテの気になったことが分かったネロは、ブランテの質問に補足するように言った。土地が狭いこの国では、風力も水力もあてにならない。油が唯一のエネルギー源だ。
「私が知ってる中では、魔力は目に見える形として現れることは無いの。魔力があるものから取り出せばできると思うけど……」
質問の意図をいまいち理解できていないクリムは険しかった表情を崩して曖昧な表情で答えた。ブランテは自分の頭の中で仮説を立てた。次にクリムに質問をして、もしそれがブランテの読み通りだったらフィネティアがゾンビを創った理由も、それで町を襲わせた理由も説明がつく。引き返せないとわかっていながら、ブランテは恐る恐る聞いた。
「……生きているものとそうでないもの、どっちの方が魔力を取り出しやすいんだ?」
「勿論、生きているものなの。やり方さえつかめれば、自分の魔力を他人に明け渡すことも出来るの。……こんな風に形にするとかして」
クリムは即答してから両手に水のようなものを出現させた。ネロはにそれがマーゴ油のように見えた。ブランテはその光景を見て自分の仮説が間違っていないことを確信した。同時に、クリムとロドルフォには絶対に言わないと決意した。




