08
さて、とクリムは改めて言った。謎の生命体を作ってしまったことをとりあえず流したいようだ。無理もない。謎の生命体は今にも死にそうな声で「オオオオォォォォ……」とひたすら鳴いているのだから。
「私がモンスターを生み出せるってことは、わかってもらえたと思うの」
ああ。と、少し間をおいてからブランテが答えた。それ以外のこともわかってしまったが、決して口にはしない。彼は女の子には優しいのだ。おそらくこれがネロだったら存分にからかっていたのだろうが。
「それは、誰にでも出来るもんなのか?」
表情をまた険しいものに戻したロドルフォが尋ねる。彼の中には、この前トリパエーゼを襲ったモンスターたちのことが常にあった。犯人捜しを彼なりにしてみるつもりなのだろう。実はロドルフォは、故郷に対する愛情が強いのだ。
「……召喚は出来たとしても、私みたいに生み出すことはできない……と、思う。魔術の説明をする時間はある?」
「それは聞こうと思っていた。話してくれ」
無言でクリムは頷くと、急に立ち上がってどこかに行ってしまった。が、すぐに戻ってきた。その手には紙と鉛筆。
持ってきた鉛筆でクリムは紙になにかの図を書き始めた。勿論、そこに絵はない。精々矢印があるくらいで、あとは文字ばかりだ。一通り図を書き終えると、クリムはその紙を使って説明をし始めた。
「魔術っていうのは、常に発動のための代償を必要とするの。……っていっても、ほとんどは魔力だけなの。この国ではエネルギーとして使ってるみたいだけど……シャンテシャルムじゃ魔力は体力と同じようなものなの。魔術の大きさによって魔力の消費量が違うっていうのは、なんとなく分かってもらえると思うの。
それから、魔力は人によって量は違うけど誰だって持ってるものなの。人だけじゃなくて、その辺にある石ころにも魔力はある。だからフィネティアの人だって魔力はあるの。使い方さえ分かればこの国の人でも魔術は使えるの。
……でも、私の魔術は大半……いや、私以外は出来ないって言っても過言ではないの。『命を創る』ってことは、『命を捧げる』ってことなの。命っていうか生命力、寿命かな? ……つまり、この子犬のガルムを創るのにも人の三十年分の寿命は必要になるの。普通の人なら寿命は回復しないから、やり続ければそのうち寿命が尽きて死んでしまうの」
そこで一息つく。こんなにしゃべるクリムを見たことがないので、ネロはそこに驚いていた。魔術云々の話は理解することをとっくに放棄してしまっている。難しいことが苦手なのだ。
「じゃあ、連発できるってことは、クリムちゃんは寿命が回復するのか? ……いや、不老不死だからその辺は関係ないのか?」
「大体それであってるの。本来、私はなにも創らなければ永遠の時を生きることが出来るの。傷ついてもすぐに治るし、年も取らない。……でも、私はそれが嫌だから、命を創って『不死性』を弱めているの。定期的にモンスターを創れば、私も人並みにはなれるの。人並みに傷ついて、回復も人並みで……致命傷をうけたら、どうなるかはわからないけど」
そう言うクリムの顔はどこか寂しげだった。自分はそんなことをしなければ人に近づけない化け物なのだという自覚があるからだ。それがどういうことなのか、普通の人間である男三人には分からない。当然のことだが。
「じゃあ、モンスターを創らなかったら不死性が高まってくのか」
「そういうことなの。……そんな顔をしないでほしいの。創ったモンスターたちはみんなシャンテシャルムに行かせて今まで一度もフィネティアに入れたことは無いの。入れたとしても、私の庭の中だけ。フィネティアの中に入ったら私が分かるようにしてるから、そこは心配ないの」
険しい表情をしたままのロドルフォをうかがいながらクリムは言った。その言葉でネロは花畑で見たモンスターたちを思い出す。みんな擬態が下手くそだったが、クリムのために必死だというのはなんとなく伝わった。モンスターに慣れていたら素直に可愛いと思っていただろう。
「私のことが多分わかってもらえたところで、私からも質問があるの」
どのくらいだったか分からないが、沈黙が流れた後でクリムが口を開いた。それにネロが「なに?」と答える。
「この国には、黒魔術を使う人がいるの?」
そう言うクリムの表情は心の底から軽蔑するようなものだった。声にも同じようなものが含まれている。
「…………?」
「いや……魔術をつかえる奴なんかいないと思うけど。なあ、ロドルフォ?」
「ああ、俺が騎士団にいたのは何年も前の話だが、そういった話は一切聞いたことがない」
三人は頭の上に疑問符を浮かべる。会話の中で、フィネティアには魔術に関する知識が全くないということがわかったはずなのにどうしてそんな質問をするのか。どうしてそんな顔をしているのか。三人にはクリムの意図が全く読めないでいた。
頭をひねる三人を見て、クリムは本当に知らないのだと確証を得る。それから少し表情を和らげて別の質問をした。意見を聞いたといった方が正しいだろう。
「三人はこの前のモンスターたち、どう思った?」
「……シャンテシャルムが関わってると思った」
最初に素直に口を開いたのはネロだった。シャンテシャルム人のクリムの前でそういうことを言うのはなんとなく気が引けたが、今はそういう余計な気遣いをしている場合ではないと判断したのだ。
「そうだな……俺はとりあえず撃退に集中してたからよく覚えてないけど……。なんか普通よりも倒れにくかった気がするな」
次に顎に手を当てて少しうえを見て考えるような仕草をしながらブランテが答えた。他のモンスターを知っているような口ぶりにネロとクリムは引っ掛かりを覚えたが、特に追求することなくロドルフォの答えを待つ。
「俺もその時はネロと同じようなことを思ったが……お嬢ちゃん顔を見る限り違うようだな。何をそんなに怒ってる?」
険しい表情を段々崩していきながら、いつもの口調でロドルフォは尋ねた。クリムはどこから説明すべきか少し悩んで、モンスターのことよりも先に黒魔術の簡単な説明をすることにした。




