03
「なあ、可愛いおねーちゃん」
結局口をついて出たのはナンパの言葉だった。日頃の行いが重要な時にも出てしまうとは正にこういうことである。
少女の雰囲気から、断られるであろうビジョンは容易に想像出来た。それでもブランテが彼女に声をかけたのは、せっかく親友が恋愛に目を向けたのだからきっかけ作りくらい手伝ってやろうというネロを思っての理由からだった。良いんだか悪いんだかよく分からない。しかし、彼女の答えはブランテの予想斜め上どころか何かの範囲を突き抜けたものだった。
「新聞屋さんですか? 間に合ってます」
あまりにも真剣な表情で少女が答えるものだから、ブランテは思わず吹き出してしまいそうになった。頬の内側を噛みすぎて口の中で出血を起こしてしまうほどだ。『可愛いおねーちゃん』と呼ばれて咄嗟にナンパと思わないとは、中々素敵な思考回路をしている。
「安心してくれよ、俺達は新聞の押し売りなんかしないさ。そんな事よりも、俺達と今夜飲みに行かないか?」
「お、おいブランテ! 何ナンパしてるんだよ!!」
ブランテは少女に笑顔で手を差し伸べた。そんなブランテにネロが小声で抗議をするが、ブランテは気にもとめない。恐らく、ネロがどうのとかを置いといて、純粋に彼女に興味を持ったのだろう。目が割と本気である。
「…………? ああ! 牛乳屋さんですね? いりませんよ」
買った焼き菓子が入った紙袋に視線をやりながら、少女はそんな返答をした。果たしてこれはナンパ回避のための冗談なのか、それとも本気で言っているのか、ブランテは考えざるを得なかった。ブランテが黙っている内にと、少女は「そこ、どいてくれますか?」とネロに言った。ネロは無言で道をあけた。積極性の欠片もない男である。どうしてここで会話を繋げようとしないのだろうか。……なんて、そんな事誰にでもできたら、誰も恋愛に苦労などしないのだが。
「ははは、どうやら俺たちは振られちまったらしい」
「やめろ、俺をカウントするんじゃない!」
少女が行った方向に目を向けながらブランテは呟いた。ネロが必死に突っ込むが、ブランテには訂正する気が無さそうだ。それに、口では振られたと言いながらも、内心では振られたつもりはないのか不敵にニヤニヤと笑っていた。
(あの子は……)
これから楽しめそうだ。そう思いながら、ブランテは頭を抱えるネロの頭を軽く叩いた。
「グダグダしてないでさっさと帰って飯にしようぜ。俺は腹が減った」
「五月蝿い、誰のせいだと……」
「なーにが?」
三回告白して三回とも断られるまではまだチャンスがあるという、親友の変な持論を思い出してネロは黙った。誰のせいで俺の恋が終わったかもしれないと思ってるんだ、とでもネロは言いたかったのだろうけれど、彼はまだ三回断られるどころか一回だって告白をしていないのである。このまま言葉を続けていたら、「じゃあ彼女を最初に見た花畑に行って告白しようぜ!」というノリになってしまう可能性があった。他人だからこそこんな事が言えるのだが、当人としてはたまったものではない。そんな軽々しい気持ちで羞恥心を捨て告白し、更に玉砕など出来るわけがない。玉砕と決まった訳ではないから告白をするのだが。
そんな事より何より、ネロは自分の恋愛沙汰がこれ以上話題になることが嫌だった。これ以上続けていたら羞恥のせいで顔から火が出て、その火でピザが焼けてしまうのではないかととんでも無いことを思うくらいに嫌だった。だから黙った。そして全く関係の無いことを話題にした。
「……このスフォリアテッレ美味そうだよな」
そう言って、ネロはたまたま目にとまった焼き菓子を指差した。ブランテは指が差した方向を見ながら思ったことをそのまま口にする。
「そういえば、さっきの女の子、袋いっぱいにスフォリアテッレ買ってたな」
つまり、ネロは自爆したのであった。