05
ネロの告白にクリムの思考はフリーズした。思考がなんとなく戻ってきてからネロの言葉を頭の中で反芻して噛み砕いて飲み込む。そして驚いた。
「そうだったの……!? この国は、シャンテシャルムを忌み嫌うんじゃ……」
「反応が遅いよ。全部が全部ってわけじゃないって話さ」
しばらく固まっていたクリムにあははとネロは笑いかけた。確かに遅い。すごく遅い。まあそれも仕方のないことだろう。ここ数年のフィネティアはシャンテシャルムを毛嫌いしている。そんな中でシャンテシャルム人がこの国にいてしかも結婚して子供まで残していたなんて誰も思わないだろう。よくその人は子供を産んで育てることができたなと感心した。
クリムの固かった表情がようやく和らいできたのを見てネロは「だからさ」と続けた。
「クリムがシャンテシャルム人だろうが魔女だろうが、俺は気にしないよ。俺だけじゃなくて、ブランテも。もしクリムがそのことを気にして俺を拒絶したんだったら、もう心配しなくていい。帰っておいでよ。ロレーナだって待ってるよ」
段々自分の言っていることに恥ずかしくなってきながらも、なんとか耐えて言い切るとネロは入り口付近に放置してあったリュックサックを指さした。痛みと疲労感で腕を持ち上げるのも一苦労だったのだが、それを顔に出してしまわないよう努力する。ブランテにいつも「お前はすぐ顔に出るよな」と笑われているが大丈夫だろうかと少しだけ不安になった。が、クリムはネロの顔など見ていなかったのだから結果オーライだ。
クリムは無言で立ち上がって入り口付近まで行くと、リュックサックをもってその中身を確認する。それから少し顔を綻ばせてリュックサックの中身を取り出した。
「スフォリアテッレ……!!」
期待した目をネロに向ける。心の中でロレーナに感謝をしつつ、ネロはそれを貰った経緯を話した。きっとこれがダメ押しになってくれる。そう信じて。
「これ焼いてるの、ロレーナさんだったの……!?」
クリムの第一声はそれだった。何よりも作っている人が気になっていたらしい。小声で「今度作り方を教わりたいの……」と呟くクリムを見て、ネロは安心した。花畑でみたときから、なんとなくクリムが別人のように見えてしまっていたからだ。実はそれは錯覚ではなく、ネロが目撃してしまった花を創り出す光景が関係しているのだが、今はまだネロは知らない。
スフォリアテッレをさっそく食べ終わると、クリムは何かいいたそうに口を動かした。が、言葉が出てこない。どうしたのだろうかと不思議に思いながらネロはじっとクリムを見つめる。さっきまで満足そうな表情でスフォリアテッレを食べていたクリムはどこかへ行ってしまったらしい。すっかり無表情になってしまっていた。
「……その……」
「その?」
それが恥ずかしさから来ているということにネロは気づかない。恋愛に疎かったせいで鈍感になっているのだ。もともと鈍感だったかもしれないが。
「……お花畑で、あんなこと言って……ごめんなさい……」
語尾がすっかり小さくなってしまっていたが、ネロにははっきり聞こえた。つまり仲直りすることが出来たととらえていいのだろう。ネロは胸の中に渦巻いていた重苦しい何かが取り除かれて解放されたような感覚に陥った。つまり安心したわけだ。
安心すると人の性なのかネロが子供っぽいのか、疲労も手伝って眠気が襲ってくる。それに気づくとクリムは「今日はもう寝てていいよ」と言って笑顔を見せた。
それを聞いてすぐに眠りについてしまったせいで、ネロはクリムの「ありがとう」という言葉を聞きそびれてしまったわけなのだが、それは仕方のないことだろう。
ネロが寝てしまったのを確認すると、クリムはしゃがみ込み床に手を置いた。すると魔方陣が表れ、うっすらとピンク色に光る。置いていた手に力を込めると、その光は段々強さを増していき、やがてクリムを包み込んだ。光は形を変え蝶のような姿になる。もしネロがこの光景を見ていたなら、まるで花を使う時とは逆だと思ったことだろう。実際、それは的を射た考えである。
「……お願いね」
無数の蝶たちに手を伸ばしてそう言うと、蝶たちは一斉に家から出ていき一直線に目的地へ向かった。
「話が終わったらって言われたけど……それが明日でも怒られないといいな」
恩を返す意味もかねて、約束は大切にするようだ。蝶が向かったのはロドルフォのところ。ちなみに、蝶たちはクリムの分身である。




