04
ネロをソファーに寝かせると、クリムは救急箱を探した。が、いくら探しても救急箱は見つからない。当たり前だ、ネロですら自分の家に救急箱があるのか分からないのだから。食器の破片で指を切ったときに一回探したものの見つからなかったということをクリムは知らない。
いくら探しても救急箱が見つからないので、いい加減クリムは諦めた。大きなため息をついてからゆっくりとネロに近付く。その手にはいつの間にかノコギリソウが握られていた。
「……その、花……は?」
「起きてたの?」
「なんとなく……ね」
手に持ったノコギリソウをネロの上に置こうとした瞬間にネロの口が開き、思わずクリムはノコギリソウを落とした。ただし、クリムの手はネロの体の上にあったために、落ちたノコギリソウは結果的にネロの体の上に乗っかったのだけれど。
「ちょっと動かないでほしいの。……『ノコギリソウ』――花言葉は『治療』」
そう言ってクリムが軽くノコギリソウに触れると、ノコギリソウは眩い光を放ってネロを包み込んだ。この光景を見るのは二度目であるため、ネロはさほど驚かなかった。
「……今のは?」
光がおさまるとネロは早速問いかけた。今の彼の姿を見れば、それが何だったのか一目瞭然なのだが、自分の姿は当然のことながら自分では見られない。
「苦手だけど、治療魔法ってやつなの。傷は治ったはず……痛みは多分そのままだけど」
恥ずかしそうにクリムは言った。言われて初めて気づいたのか、ネロは自分の体を見れる限り見てみた。確かに、傷は綺麗に消えている。だが痛みは消えていない。こちらもクリムの言う通りだった。
不老不死の魔女にも苦手分野があると聞いてネロは微笑ましい気分になった。傷の痛みが消えないことは全く笑えないが。
体がずっしりと重く感じるせいか、ソファーに沈むような錯覚を覚える。その錯覚の中で、そういえば自分はクリムと仲直りをしようとしていたことを思い出した。喧嘩のせいでパンが潰れていないか心配になる。
(……そういえば『私に近づかないで』とか言われてたっけ……)
パンのことを今心配しても確認できないのだから仕方ない。潔くそこは諦めて、ネロは本題を解決することにした。散々悩んだあげく、結局何を言うかは決まっていないが、この空気ならなんとかなりそうな気がする。半ば当たって砕けろの精神だった。なんだかんだで治療してくれたのだから安心しきっているのかもしれない。
「……あの、さ。クリム。ちょっと、聞いてほしいんだけど」
折れた歯が治っていることに気付いて少し感動を覚えながらネロはポツリポツリと他人には滅多に話さないことを語り出した。
「俺の母さんは実はシャンテシャルム人なんだ。それで、父さんがフィネティア人。……一応俺はハーフってことになる。でも環境的要因とかなんとかで、全く魔術は使えないんだ。何故か動体視力だけはいいんだけどね」
ははは、と笑いながらネロは言った。極力明るい声で言うことを心がける。ただ、運動神経が追い付いていないからあまり意味がないという点はネロは黙っておくことにした。格好悪いことこの上ないから。




