02
「ってェなァ……ッ!?」
右手で頭を押さえたジェラルドがネロと向き合おうとすると、容赦ない跳び蹴りがかまされた。どうやらネロは会話をするつもりなど毛頭ないらしい。
いつの間に助走をつけられる距離まで下がっていたのか、勢いのあったネロ渾身の跳び蹴りは体格差をものともせずジェラルドを店の外まで吹っ飛ばした。
「こんのッ……チビがァッ!!」
「なんだよ筋肉ダルマッ!!」
ジェラルドはすぐに起き上がると拳を構えた。駆けながらネロも拳を構えており、結果二人の拳は交差。お互いの頬をとらえることとなる。
しかしそこで働くのが体格差。勢いがあったとはいえ、ジェラルドの体重の乗った拳にネロが適うわけがない。紙屑のように、跳び蹴りを喰らったジェラルドの比ではない勢いでネロは吹っ飛ばされた。筋肉とは侮れないものである。
「うがッ!」
後ろ向きに飛んだネロは店の入り口付近にあったプランターに突っ込んだ。プランターに植えられていた花はネロの身体に押しつぶされ無残に散っていく。ネロはその花に見覚えがあった。クリムにプレゼントした花だ。
背中の痛みを必死にこらえながら、ネロは後でナディアに頼んで同じ花とプランターを売ってもらうことにしようと思った。激昂していたはずなのに、不思議と散ってしまったその花はネロの精神を落ち着かせた。実はその花は『キボウシ』という花で、『沈静』という花言葉を持っていることをネロは知らない。
「なんだよネロちゃァん! 花になんか見とれちまって乙女かってーのッ!! ヒハハハハッ!!」
ネロの耳元で何かを殴る鈍い音がして、沈静されたネロの怒りは再燃した。鈍い音はジェラルドがプランターと花をさらに破壊した音だったのだ。
「クリムの花を……ッ」
「へーえ、あの魔女、クリムって言うのかァ」
「ッ!!」
起き上がろうとするネロの身体を足で挟むように立って、ジェラルドは舌なめずりをしつつ固く握った拳をネロの顔めがけて振り下ろした。身体を固定されたネロにそれを避ける手段はなく、ジェラルドの拳はネロの顔へ吸い込まれていく。
「ガッ……ぐッ……!」
一発、二発、三発……。
骨格が変わってしまうのではないかという音が何度も何度も響く。が、怒ったネロはここで簡単に意識を手放して終わるような男ではなかった。
ジェラルドはネロの身体をまたいではいたものの、馬乗りにはなっていなかった。故に、ネロに逃げ場はなくてもそこから攻撃することは可能だった。例えば、プランターの破片を武器にして。
「ッてェェェェ!!」
ガスッという音を鳴らしながら、ネロは大きめのプランターの破片を思い切りがら空きのジェラルドのふくらはぎに刺した。深々とは刺さらないものの、鋭く尖っていたプランターの破片はそれなりに肉を裂く。切れ味はよくないため、それなりの激痛が走ったことだろう。
ジェラルドが怯んだスキを狙い、ネロは距離を置いて体制を立て直す。その顔はすでに腫れており、特に左目の上あたりの腫れが酷く、目がしっかりと開かない状況に陥っていた。
「げほッ……げほッ……」
軽くむせながら、口の中の血と折れてしまった歯を吐き出す。ネロの口の中は血の味で充満していた。不味いと文句を垂れる余裕はない。
「ッてェ……やりやがったなネロちゃァん」
全く余裕のないネロに比べて、ふくらはぎをさされ流血しているというのにジェラルドはまだまだ余裕なのか、ネロを睨みつつ不敵に笑った。




