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翌日の夜、閉店時間になってもブランテは店に現れなかった。店じまいをしながらネロはようやくブランテを引き留めなかったことを後悔した。ブランテは軽そうに見えて、周りを心配させまいと気を配る男だ。何も言わずに姿を消すなんて何かあったに違いない。
そう思うと居ても立っても居られず、今すぐブランテの家に走り出したい衝動に駆られたネロだったが、現時刻をよく考えてなんとか思いとどまった。ネロとブランテはお互いにお互いの家の合鍵を持っているのだが、例え鍵を持っているからと言ってこんな時間に人の家に勝手に上り込んだら泥棒と間違われるに決まっている。その事態はできるだけ避けたかった。
夜が明け、町の人たちが活動し始めるだろう時間になると、ネロはブランテの家へ駆けだしていった。二日連続で徹夜になってしまったが、この際気にしていられない。走りながらネロは自分の家が町の中心部よりも少し離れたところにあることを恨めしく思ったが、いくら恨んだところで走る距離は変化しなかった。当たり前だ。ちなみにブランテの家は町の中心部にある。商店街をまっすぐ進み花屋の前を通り過ぎて、パン屋の角を曲がり、またまっすぐ進むと突き当りの家がブランテの家だ。
パン屋の角を曲がったあたりで脇腹が痛み始め、ブランテの家にたどり着くときには息がかなり上がっていたが、ネロは呼吸を整えることをせずに扉の鍵を開け中に入った。脇腹が痛いのも息が上がっているのも自分の運動不足が原因なのだ。
「なんだこれ……メモ?」
入ってすぐの部屋にあるテーブルの上に置かれているメモに気づくと、ネロは早速それを手に取って読み始めた。メモには簡潔にこれだけ書かれていた。
『一週間か二週間くらい都に行ってくる。
俺が帰ってくるまでの間に仲直りしとけよ』
誰宛かも書かれていない。ネロが必ず合鍵を使って家に入ってくると信じてブランテはこの置手紙を残したのだった。信頼とはすばらしい。
ネロはメモを何度も読み返しながら、少しずつ冷静さを取り戻していった。そして、一年ほど前までは、夜までには戻ってきていたものの、昼間はよく家を空けていたことを思い出した。一度何をしているのか聞いたことがあったが、ブランテはただ「仕事だ」としか答えなかった。ネロはブランテが仕事をしているのかどうかも詳しく知らなかったのだが、そのときはその言葉をそのまま受け止め信じた。勿論、今も。
ブランテなら大丈夫だろう。そう信じてネロはブランテの家を後にし、家で仮眠をとることにした。仮眠をとった後でクリムとの仲直りの方法を考えよう。ネロはそう考えた。クリムは花畑の件があってからネロの店には来ていない。ロレーナの話では、パン屋にも来ていないそうだ。もしかしたら山から下りてきていないのかもしれない。それはあまり好ましい状況とは言えなかった。ブランテには置手紙に書かれてしまうほど心配をされているのだ。はやく解決してしまわなければならない。ブランテの考えを信じるなら、そう難しい話ではないはず。そんなことを考えるうちにネロは帰宅しており、いつの間にかソファーで眠っていた。




