表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Infiorarsi  作者: 影都 千虎
少女
23/76

23

「限りある命に、憧れたの」

 ネロはその言葉の意味がよくわからなかった。憧れるも何も、クリムだって命は限られているだろ? と思ったのだ。これがブランテだったらすぐにぴんときたのかもしれない。

「花は儚い。限られた時間がすごく少ないから。……でも、だからこそこんなに綺麗で美しいと思うの」

 クリムは近くに咲いていたクロユリの花を両手で包み、暫くじっと見つめていた。が、突然クシャッと握りつぶしてしまった。握りつぶされたクロユリの花はじわじわと光のようなものを放って形を失っていく。やがてすべてが光になると、光は黒く変化してクリムの中に取り込まれていった。そんな信じられないような光景に、ネロは言葉を失った。それがなんであるかはすぐにわかったのだが、そんなものはこの国にないのが当たり前だったから。

「……分かったでしょ? 私は、魔女なの。……しかも不老不死の」

 たっぷり時間を使ってネロはようやくその言葉を飲み込むことが出来た。それから、ここ数日間の記憶が一気に蘇り、質問が次々と沸き起こった。

「……もしかして」

「もしかして、何?」

「……もしかして、『山に住む魔女』ってクリムのことだったの? それに、『騎士団の要請を突っぱねた魔女』っていうのも……」

 ネロはシャンテシャルムとの戦争が始まる前後で流れていた噂の真偽を確かめることにした。クリムは何も言わなかったが、否定もしなかった。沈黙を肯定と受け取ったネロは一言「そっか」とだけ呟くように言った。他にも言いたいことがあったような気がしていたのだが、ネロはクリムになんて声をかけたらいいかわからないでいた。

 重い沈黙が二人の間を流れる。

 沈黙を破ったのはやはりクリムだった。その手にはさっきまではなかったホウセンカの花。いつその花を手に取ったのか、ネロには分からなかった。ずっとクリムを見ていたはずなのに。

クリムは、三歩だけネロに近づいてから、静かだが鋭い声で言った。

「……私はシャンテシャルム人なの。わかったらもう、帰って。ここに二度と来ないで。私に、近づかないで。……『ホウセンカ』――花言葉は『私に触らないで』」

 そう言ってクリムがホウセンカを持った手をネロに突き出すと、先ほどのクロユリのようにホウセンカは光となり、今度はネロを包んでいく。感覚的に、ネロはテレポートさせられるとわかった。接触を拒むということを応用させてテレポートに使うようだ。これがクリムの魔術の使い方なのだろう。

 花畑から強制退場させられる間際、一瞬だけ見えたクリムの寂しそうな顔がネロの脳裏に焼き付いて離れなかった。



 その日、夜になってもクリムはネロの家に戻ってこなかった。勿論、店にも来ていない。ネロの表情は沈んでいた。

「……ネロ、いい加減話せよ。クリムちゃんは?」

「……わかんない。なんか、怒らせたっぽい」

 右手だけで器用にカクテルを作りながらネロは昼間花畑で起こったことをぽつりぽつりとブランテに話し始めた。腕前は気分で左右してしまうのか、カクテルの味が普段より数段劣っていたが、ブランテは黙ってそれを飲みながら話を聞いていた。


「なるほどな」

 すべての話を聞き終えたブランテの感想はそれだけだった。驚く素振りも見せず、本当に納得しただけのようである。なんとなくブランテはクリムに何かあると気づいていたのだ。

「つまりお前はクリムちゃんの人に見られたくないものを見ちまったわけだ」

「……まあ、そうなる」

「で、飛ばされて気づいたら店の前にいたと」

「丁寧に家に送られた気分」

「そりゃあお前……実はクリムちゃん怒ってねえんじゃねーの?」

「え?」

 沈んでいたネロの顔が一瞬明るくなった。が、すぐに表情は戻る。期待をしてもろくなことにはならないとネロは過去から学んでいた。そんなネロを励ますようなしかし確信を持った口調でブランテは自分の考えを話し始めた。

「クリムちゃんは『私に近づかないで』って言ったんだろ? でもご丁寧にテレポートさせるだけだったのは変じゃねえか? 俺だったら、本当に二度と会いたくないなら『別離』とか『忘却』とかその辺の花言葉でも使ってお前の記憶ごと消すね。花言葉を魔術にするってんなら、その辺の花言葉の花をクリムちゃんが知らないわけがねえんだ。……あとは自分で考えてみろよ。そんで、さっさと仲直りして来い」

 いつもなら閉店時間まで店に居座るブランテが、急に立ち上がってカウンターに金を置き、出口に向かって歩き出した。いつもなら何かあったのか問い詰めるはずだが、ネロはそれどころではなく仲直りする方法を考えるのにに必死で、とうとうブランテを引き留めることはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ