22
「迷った……」
案の定と言うべきか、ネロは山の中で迷子になっていた。途中でクリムを見失ってしまったのだ。隠密行動を意識するあまり、木々に視界を阻まれ見失う……こんなアホな話がかつてあっただろうか。
「えーっと……とりあえず、上行くか……」
確か、最初に花畑に来た時は山を登って行ったはず。自分の記憶を頼りにネロは登山を続けた。道を覚えられない記憶を信じていいものなのかはよくわからない。でも、カクテルのレシピは覚えていられるのだからちゃんとした記憶力がネロの脳味噌には備わっているはずである。カクテルに容量を取られてしまったのだろうか?
そんなことはさておいて、ネロは左腕が折れていることをひどく後悔しながら山を登り続けた。申し訳程度にある山道をたまに外れて開けた場所を探す。あの花畑を見た時、かなり広く感じたのだ。入口は違えど、大きく開けた場所を探せば花畑は必ず見つかる。そう信じるしかなかった。
それからどのくらい歩いただろうか。足がだいぶ痛くなってきたところでネロはお目当ての花畑にたどり着いた。ネロが一人で目的地にたどり着けるなんて奇跡に近い。この場にブランテがいたならば、全力で祝福しただろう。そのぐらい奇跡に近い。
ネロは足の痛みを我慢しつつクリムの姿を探した。クリムを見失ってからだいぶ時間がたってしまっている。もしかしたらもうクリムは下山してしまっているかもしれない。ネロは段々不安になっていった。しかし、幸いなことにそれは杞憂に終わった。特徴的な風になびく銀色の髪の毛を見つけることが出来たのだ。
「…………えっ?」
ついでに、衝撃的な瞬間も目にしてしまったのだが。
「……花が、生えた?」
「ネロ……ッ!?」
風に乗ってネロの驚愕した声は後ろを向いてしゃがんでいたクリムに届いてしまった。その手元には、たった今不思議な光に包まれて生えた……否、出現した花が凛と咲いている。
さらにネロは見てしまった。クリムの後ろに隠れているが確かに動く人ではないものの影を。蝶のような、しかし明らかにサイズは蝶のものではない羽を。それだけでネロはクリムの後ろに隠れているのが俗にフェアリーと呼ばれるものだと理解した。
「……クリム、そのフェアリーは……」
「……フェアリー? なんのことかよくわからないの」
「いや、だって羽見えてるし……」
「…………これは、あとで私がコスプレをするためのものなの」
いやいやいや……とネロは突っ込みつつため息をつく。どうやらクリムはばれているとわかっていても隠し通したいらしい。認めたくないらしい。しかし、ネロにはそんなクリムになんと声をかけたらいいかわからなかった。見てしまったものは見てしまったのだ。
「……ねえ、クリム」
「なに?」
「遠くにドラゴンが見える気がするんだけど」
ブランテ同様、ネロも視力がかなりいい。その視力がとらえたのは、必死に花畑に身を隠そうとするが体のサイズが大きくて全く隠れられないミニドラゴンの姿だった。数日前の真黒な街を襲うミニドラゴンと比べると、こちらのドラゴンはかなりかわいく見えてしまう。体の色は緑色で、もう少し体が小さかったら植物と同化できたかもしれない。
クリムはこれも認めようとはしなかった。
「あれは……トカゲなの」
「あんなでかいトカゲがいてたまるか!!」
「生物の進化のたまものなの」
「いくら進化でも無理があるって!!」
何と言えばいいのか言葉を選んでいた最中だったのだが、クリムの無理がある発言にネロは思わず全力で突っ込んでいた。テンポはかなりいい。
どうしても認めないクリムに、ネロはあきらめてミニドラゴンを見なかったことにした。思い切り突っ込んでしまったから今更そんな行動には無理があるけれど、これが彼なりの優しさだ。これを優しさと言っていいのかわからないが。
ミニドラゴンを見まいとして視線を逸らしたのはよかったが、今度は全身に花を纏って隠れようとするゴーレムを見つけてしまった。
「あれは……」
「オブジェなの」
「でも目が……」
「私の趣味で作ったオブジェなの! アートなの!」
苛立ったように口調を強めてクリムは言った。今までクリムのそんな声を聴いたことがなかったものだったから、ネロは思わず黙った。が、その場を立ち去ることはなくじっとクリムを見つめて、クリムが何かを言うのを待った。
その真剣な表情に、クリムはやがてため息をつき重々しく口を開いた。




