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その日からトリパエーゼが再び活気を失ったのは言うまでもない。モンスターに突然襲われても尚『今まで通り』が出来るほど人々は強くなかった。むしろ、その逆だ。今までが平和すぎたせいで、余りにも平和ボケしすぎていたせいで、彼等は不測の事態に耐性が無かった。壊れた箇所の修繕さえ、殆どの人間が出来ないでいた。
「ま、こうなるってわかっちゃいたがな。……ったく、引きこもりに仕事をさせやがって」
「だからこそ働けってことじゃねーの? おっさん元騎士団だし」
殆どの人間ということは、そこに含まれない人間が少なからずいる。そのごく少数であるロドルフォとブランテはブツブツと文句を言いながらも地道に町の修繕をしていた。二人だけしか居ないのだから、当然その進みは遅い。誰も居ないよりはマシなのだが。
瓦礫を運び、穴の空いた壁は適当な木材をドコドコ打って埋め、ボコボコになった地面は土を足してならす。単純であるが故に難しい作業である。
「……そういや、随分と花が増えたな……。ブランテ、なんか知ってるか?」
木材を担ぎ歩きながら、ロドルフォは道端の花に目をやった。モンスターに襲われるまでは無かった筈の色とりどりの花が咲き乱れている。不思議と言えば不思議な現象だ。
「ああ、それはクリムちゃんが植えてるらしい」
「らしい?」
「ネロから聞いた。フラワーセラピーだってさ」
「……じじいにはよく分からん話だな。でもよ、花ってこんなすぐに咲くもんなのか?」
数日前までは何もなかったところに花が咲き乱れているのは、流石に花に関する知識がないオヤジも疑問を持つようだ。詳しい話をよく知らないブランテは、適当に「ナディアに咲いてる花でももらったんじゃねえの」と答えて穴の開いた壁の修繕に取り掛かった。
「女の子はすぐ仲良しこよしできていいもんだねぇ……」
ブランテに倣ってロドルフォも手を動かし始める。が、木材のささくれが指に刺さったようで、顔をしかめてすぐに手を休めた。ささくれは深く刺さってしまったらしく、不器用なオヤジの太い指ではなかなか抜くことが出来ない。
「げっ……ちぎれやがった……」
「なーに不器用なことやってんだよおっさん……」
指に刺さったささくれと格闘する元騎士団の男を見てブランテはため息をついた。当然手は止まり作業は中断してしまっている。そういえば腹が減ったなと高く上った太陽を見てブランテはさらにもう一つため息をついた。ロドルフォの格闘に参加する気は全くないようだ。女の子には優しく、男はおなざりに。それがブランテのポリシーらしい。
「ああ、こんなところにいたんだ、二人とも。昼飯持ってきたよ」
「おお! ネロ! ナイスタイミーング!」
左腕は三角巾で吊り、右手に持ったランチボックスを高く掲げて向かってくるネロをみてブランテは嬉しそうに手を振った。ネロは多数の住人のように怯えて引きこもってしまったわけではなく、左腕を折ってしまったために二人の手伝いができないのだ。だから、代わりに食事などを作って二人に届けていた。
「サボってんなよ、ブランテ」
全く作業をしていないブランテにネロは一言厳しくいった。ちなみに、こちらもささくれと格闘するオヤジは無視である。オヤジに優しくない世の中だ。
「サボってたわけじゃねえよ。腹が減ったから仕方ないんだ。生理現象だ、生理現象」
ネロからランチボックスを受け取るとブランテは早速蓋をあけて中身を確認する。中に入っていたのはベーコンとルッコラのパニーノだった。
「そのまま食べるなよ。はい、おしぼり」
パニーノにすぐに手を付けてしまいそうだったブランテに、たしなめるように言ってネロはおしぼりを渡した。ブランテは渡されたおしぼりでしぶしぶ手を拭いてから今度こそパニーノをつかんでかぶりつく。その顔は幸せそうだった。それを見てネロも満足そうである。そんな二人を眺めて「夫婦かよ」と心の中でロドルフォが毒づいたのは秘密である。




