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つかつかと歩み寄ってくるロレーナを見てネロはふと思った。こうやって説教されるのはいつぶりだろうか。いや、まだ説教と決まったわけではないのだが。
幼い頃両親を亡くしたネロはロドルフォやロドルフォの妻、騎士団の面々に育てられた。今の家は元々はロドルフォのものである。アフィニティー家が暮らしていた筈の家が今どうなっているのかネロは知らない。そもそも、どうして両親が死んでしまったのか、その理由すらネロは知らなかった。何度もロドルフォに尋ねたのだが、のらりくらりと質問をかわされるうちに聞くことを諦めてしまったのだ。深く考えることも皆無と言っていいほどない。幼かったためか、ネロには両親の記憶が全く無いのである。
ロドルフォはネロを真っ当な人間に育てたが、あまり叱ることをしなかった。ネロはそう記憶している。一応、他人の子供だから遠慮があったのだろうか。ネロはそう考えている。
そう考えてみると、説教されたことなどあっただろうかと疑問を持たざるを得ない。あったとしたら親代わりに育ててくれたロドルフォの妻や騎士団の面々にされたと考えていいかもしれない。そうなれば、実に十数年ぶりということになるのだが。
いや、とそこまで考えてネロは思い直す。自分がバーテンダーになりたいとロドルフォに言ったとき、そしてカクテルの作り方を教わっていたとき。一時的にロドルフォと師弟関係となっていたあの地獄の日々で自分は怒られてばっかりではなかっただろうか。多分カクテルの試飲で酔いつぶれて記憶が飛んでいるのだろうけれど、あの頃のロドルフォは鬼のようだった筈だ。思い出してネロは少し身震いをした。
「……聞いてますかー、ネロ君? ……ネロ君ってばぁ」
呆れた顔でロレーナがネロを見ていることにようやく気付く。どうやら思い出に浸りすぎて話を聞き流してしまっていたようだった。呆れられて説教はそこで終わる。結局ロレーナがネロに説教したのかどうかはわからずじまいだ。
「……全く、こぉんな怪我までしてナディアちゃんを余計心配させてー……」
「痛ッ!」
ロレーナがネロの左腕を持って怪我の具合を見ようとすると、左腕に激痛が走った。この様子ではしばらく左腕は使い物にならない、とネロは痛みに顔をしかめながら落胆した。これからしばらくどうやって店をやっていけばいいのだろうか。そもそもカクテルを作れるのだろうか。
「適当な雑誌持ってきたよー!!」
「ありがとう、ナディアちゃん。よくできました」
雑誌を持って家から出てきたナディアをそうやって褒めると、ロレーナは雑誌でネロの左腕を包み込んで髪を束ねていたリボンで縛って固定した。そして器用にそのまま肩にリボンを通して左腕を吊るす。雑誌にこんな使い道があったのかとネロは感心した。
「応急措置ですからぁ、後でちゃんと見てもらわないとダメですよー?」
「分かってるよ」
「とか言いながら、昔怪我を気合いで治していたのはどこの誰ですかー?」
痛いところをつかれたのでネロは黙った。元々病院は嫌いなのだ。病院に行くくらいなら気合いで治す。それがネロのポリシーだった。そのせいで、今ネロの体にどのくらい傷が残っているのかは分からない。




