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◇
「なるほど、それでプランターを……」
「うん。……ちなみにこれっていくらくらいで……?」
「んー? 私のお小遣いが消えるくらいかなー」
ネロは自分の顔がひきつるのを感じた。ナディアのお小遣いがどれだけあるのかを知らないのだが。
「なーんてね、そんな値段じゃ売れませーん。……でも、土とジョウロとお花を合わせるとそのくらいになっちゃうよ?」
「ああ、全部合わせてならいいんだ。そのくらいは覚悟してたし」
ナディアの小遣いが多いのか少ないのかはネロには分からなかった。
「はい、お釣りね。ふふふ……ネロ君もなかなか乙女ですなー」
ニヤニヤと笑いながらナディアはネロが買ったものをまとめ始めた。確かに、花の栽培セットを買うとはなかなか乙女っぽいかもしれない。しかし、ナディアが言いたいのはそこでは無いだろう。恐らくナディアは、ネロが恋する乙女だと言いたいのだろう。
「ぷっ……プレゼントだから別に、いいだろ」
ネロは前者の意味として受け取ったようだ。その発言で余計にナディアがニヤニヤしたのを見てネロは顔を赤くする。
「……はい、頑張ってねー」
栽培セットをネロに渡してナディアは微笑んだ。一方ネロは、それのあまりの重さに笑っていられなかった。土はかなり重いのである。
「……ああ、重かった……」
店の前に買ったものを置いて地べたに座るとネロはため息をついた。腰を叩く姿が中々じじくさい。
「べ……ベジタリアン!」
「は?」
ネロが帰って来たことに気付いたクリムが、ネロを見るなり指を指してそう言った。彼女はジベタリアンと言いたかったのだろうけれど残念ながら間違えてしまっている。
何故、自分が菜食主義者呼ばわりされなくてはならないのかとネロは頭を捻ったが、答えは一向に出てこなかった。ネロは彼女の前で野菜しか食べなかったなんてことはない。
「……こほん。お帰り、ね……なにこれプランター!?」
一方で何故自分が言ったことが通じなかったのかとクリムは疑問に思っていた。が、すぐに気をとり直した。そしてすぐにネロの後ろにある荷物に食いついた。『お帰り』と、『プランター』でテンションの差が大分違う。
ネロはそこに気を落としかけたがなんとか持ちこたえて、とりあえず立ち上がることにした。
「あー、えっと、プレゼント……みたいな?」
花屋から帰ってくるまでの間、何て言って渡すかをずっと考えていたはずだが、いざ本人を前にすると言いたかったことが吹き飛んでしまったらしい。クリムから視線を反らしてネロは言った。そのせいで、全力で喜ぶクリムの顔が見られなかったことをネロは悔やむべきだろう。
「ありがと! ……好きに使って、いいんだよね……?」
「あ、勿論……」
クリムがあまりにもハイテンションで呆気にとられたが、素っ気なく答えることが出来た。無愛想過ぎたかと反省をしたが、クリムは全く気にしていないようである。というか、栽培セットがあまりに嬉しくてそれどころでは無いようである。
「どこに置こうかな……ねえ、ネロ。店の前に置いてもいい?」
今にも鼻唄を歌い出しそうなクリムの姿に、ネロはやっと微笑んだ。眠れない夜を過ごしただけの価値があったようである。
◇
それから平和な日々はしばらく続いた。以前と比べて確かに客足は減ってしまったが、トリパエーゼの町はそれなりに賑わっていた。山の向こう側で戦争をしているなんて嘘のようである。
「ぬあー……起きるかー……」
夜に店を営業するネロは、この日も正午辺りで目を覚ました。外が晴天なのはいいことだが、午前中に睡眠をとっているネロにとっては寝苦しい天気でしかない。
「おはよう、ネロ」
店舗スペースでクリムがスフォリアテッレを食べながら言った。水道などがここにあるため、店舗スペースは台所と同じ扱いを受けているのである。
「ん、おはよう」
起きて一番にクリムと会話が出来る幸せを噛み締めながらネロは冷蔵庫を漁った。
朝食(昼だが)に簡単なパニーノを作ろうとしたのだが、それは外から聞こえてきた悲鳴によって遮られた。悲鳴は一つだけではない。
「……この感じは」
「行こう」
二人は悲鳴の原因を確かめるため外に出た。クリムの顔が曇っていたため、ネロは出来る限り男らしく振る舞うことを忘れずに。




