11
(ロドルフォ…………あれ? ロドルフォと何の話したんだっけ)
ロドルフォの話がネロの脳裏を一瞬よぎったのだが、ネロはその内容をすっかり忘れてしまっていた。そのため、何故今ロドルフォを思い出したのかネロには分からない。逆に、ハゲオヤジを思い浮かべて不謹慎にも笑いがこみ上げてきてしまった程だ。
(昔は毛根が強かったって話をしてたな…………)
ハゲから連想して、なんとか会話の一部を思い出すが他はなかなか出て来ない。仕方なく、ネロは思い出すのを諦めた。何事も諦めが肝心である。
◇
出来事というのは突然起こるものだ。いや、出来事を起こすきっかけを与えた当事者であれば、突然とは思わず必然と思うだろう。ならば、『当事者以外の人間にとっては』と付け加えるのが妥当か。
クリムがネロの店に来てブランテと飲んだ一週間後。ネロとブランテが、珍しく引きこもっていないロドルフォと会話をした八日後。ロドルフォの不安は杞憂に終わらず、フィネティアと隣国、シャンテシャルムの戦争が始まった。
そんな、戦争が始まってから四日後。
「戦争か……」
戦争のため臨時休業になったロドルフォの店でブランテは呟くように言った。ブランテの前にはネロとクリムがおり、他にも花屋のベルトリーニ一家や、パン屋を営むフォルトゥナーテ一家、ロドルフォの店常連の男たちなど、トリパエーゼに住む者たちが集まっていた。皆表情は固く、不安げに北側を見つめた。店内だから当然外は見えないが、北にはシャンテシャルムとの国境を画する山脈がある。
「……またアドルフォたちが行っちまった……」
悲しそうにロドルフォは言った。自棄酒をしないぶん、空気が重く感じる。
騎士団たちがまた戦場へ行き、山脈をまたいだ先にある隣国との戦争が始まった。しかし、ロドルフォの店に集まった者たちはそこに不安を感じることはなかった。
戦争が始まって四日も経つ。それなのに、変わらない平和な静けさを保つこの状況に、皆は不気味さを感じていた。
「正直、実感わかねえな……」
「そうだね……。戦争をしてるとは思えない」
「しかもあの山脈の向こうでだぜ? なのになんでこんなに静かなんだよ」
「さあ……。それは俺たちには分からないよ」
「…………」
どこか気の抜けた二人の会話を、近くにいたロドルフォは黙って聞いていた。何か深く考えている様子だったが、二人の会話に参加せず辺りを見回していたクリムには、ロドルフォがなにを考えているのか皆目見当がつかなかった。当たり前だ。彼女と彼が会うのはこれが初めて。初対面の相手がなにを考えているのかなど分かるはずがない。分かるのであれば、それはただの超能力者だ。
「……なあ、ロドルフォ。なんで俺たちをここに集めたんだ?」
ネロとの会話が切れると、誰も触れようとはしない本題へブランテは触れることにした。そう、彼らは戦争の不気味な静けさに恐れを抱き集まった訳ではない。ロドルフォに呼び出されたのだ。
「ああ、そうだったな。みんな……聞いてくれ。そんな大層なことじゃあない。簡単な俺からの頼みだ。……頼み、で、いいのか分かんねえけど」
そこまで言うとロドルフォは立ち上がり体の向きを変えた。これで、店内の全員と向き合う形になる。
「明日から、何時も通り、店を開けてほしい。……嫌なんだ、活気どころか人すらいねぇこの町が」
戦争が始まってから、トリパエーゼはすっかり活気を失っていた。外を出歩く人は殆どいなくなったし、外で遊ぶ子供すらいなくなった。山脈をまたいだ向こう側との戦争なのだから無理もない話なのだが、こうも平和だとただのゴーストタウンのようである。
「どういうわけか、俺たちは戦争だろうとなんだろうと、今までと変わらず過ごせるらしい。だが、戦場は目と鼻の先だ。なら、俺たちは今まで通りやりつつ、理由はどうであれ戻ってきた騎士を迎えられるようにしようじゃねえか」
眉間にしわを寄せて語るロドルフォを見て、ブランテはこれがロドルフォの本音では無いような気がした。ロドルフォの中に空いてしまった穴を塞ぐための、苦肉の策のようだと、ブランテは素直に思った。
だが、ブランテはそれを表には出さない。そうなる理由がなんとなく分かっているからだ。




