10
とはいえ、お客様の不満に応えられないようでは店はやっていけない。ネロは先程作ろうとしてやめたカクテルを作り始めた。
オペレーターはステアで作ったが、今度のカクテルはシェーカーを取り出し、材料を入れシェークして作る。カクテルが出来るまでそう時間はかからない。
「エル・トロだよ。さっきのオペレーターより大分度数が高くなってるから」
シェーカーの中身をカクテルグラスに注ぎ、少女の前に出しながらネロは言った。少女は目の前に出されたカクテルを何の躊躇もなく手に取り一口飲んだ。
ちなみに、オペレーターのアルコール度数はだいたい五パーセントくらい。エル・トロのアルコール度数は二十六パーセント。オペレーターとエル・トロでは大分違うのだが、その間くらいの度数のカクテルは出せなかったのかと聞きたくなるものである。
「……美味しい」
そんな度数に動じることなく少女は呟いた。そして、初めて少しだけ笑顔を見せた。花畑で彼女を見て一目惚れしたネロがその笑顔に見とれたのは言うまでもない。ブランテはそんなネロを見てくつくつと笑った。笑う門には福来たる。理由はどうであれいいことだ。
その後、少女はちびちびとエル・トロを飲み続けた。少女がエル・トロを飲み終わるタイミングを見計らって、ブランテは少女に手を差し出した。
ブランテの意図が掴めず少女は少し首を傾げる。そんな天然な彼女を微笑ましく感じながら、ブランテは自己紹介を始めた。
「俺はブランテ・エントゥージアっていうんだ。毎日このバーに通ってる。こいつとは腐れ縁なんだ」
「何が腐れ縁だよ。カクテルが飲めないと機嫌が悪くなる癖に」
「はいはい、ごめんなネロちゃん。大好きだよネロちゃん。そんなに心配するなよネロちゃん」
「きもい」
二人のやり取りを見て、少女はクスッと笑った。それから、少しだけ笑った顔のまま少女も自己紹介をした。
「クリム・ブルジェオン。ブルジェオンじゃなくてクリムって呼んでもらえると嬉しいの」
初対面の相手にファーストネームで呼ばせるとは珍しい。とブランテは思った。相当親しくならない限り、ファーストネームで呼ぶことはマナー違反だ。
(なんか理由でもあんのかね。……ブルジェオンか……珍しい名前だけど)
気になって探りを入れようか悩んで結局やめた。少女に対しても、少女に一目惚れした親友に対しても悪いと思ったのだ。
「……あなたは?」
「え?」
ブランテと握手をした後で、グリムはネロに視線を向けた。勿論ネロの名前を尋ねているのだが、ネロはそれが分からず数秒考え込む。変な沈黙が流れると、ようやく気付いたのか慌ててネロは自分の名前を告げた。
「ネロ・アフィニティーだ。えっと……よろしく、クリム」
「うん、よろしく」
ネロが差し出した手をクリムは躊躇なく握った。実はネロにしてはかなり勇気を振り絞った行動だったのだが、そんなことを初対面のクリムが知るはずもない。
クリムの代わりに、知っているブランテは後でネロを思い切り褒めてやることにした。二人の関係が犬と主人のそれに見えないこともない。普段の行動を見ていると、明らかにブランテの方が犬っぽいのだが。カクテルを出されたときなんて、まさしく餌を与えられた犬のようであることは言うまでもない。ブランテに犬の尻尾をつけてもなんの違和感も無いだろう。
そんな事は忘れておいて。
ブランテは何時もと変わらず飲み食いを続け、グリムはショートカクテルをちびちびと飲みたまに思い出したかのように一気飲みをしながらどうしようもない雑談を続けていた。ネロも二人と一緒に飲みたい衝動に駆られたが、一昨日、二日酔いになったばかりであることを思い出してグッと堪えることにした。ほどほどにすれば恐らく大丈夫だろうが。
「ところでクリムちゃん。クリムちゃんの家ってどの辺にあんの?」
「牛乳の訪問販売でもするつもり?」
「いやいや、純粋な疑問だ。クリムちゃんをこの町であんま見ねえからさ」
酒の手伝いもあり、ブランテとクリムは割と打ち解けていた。ブランテは、何気ないネロの嫉妬の視線を感じつつも、楽しく会話を続ける。
「んー、あの辺?」
クリムは北の方角を指差した。しかし、店内であるため全く分からない。質問の意味が無かったとブランテは少し反省した。一方で、ネロは昼間のロドルフォの言葉が何故か一瞬脳裏をよぎり頭を捻らせた。




