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ハリネズミのジレンマ  作者: 篠原皐月


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第44話 やってきたヨッシー

 ある日芳文が帰宅すると、貴子が挨拶に続けて怪訝な顔で付け足してきた。

「あ、そうそう、芳文に荷物が届いてたわ。部屋に置いておいたから」

「ああ、サンキュ」

(荷物? 最近は通販でも頼んでないよな?)

 芳文は素直に頷きながらも、密かに考え込んだ。しかし、すぐにある可能性に思い至る。


(ひょっとして隆也がこいつの暇つぶし用に、何かを送りつけてきたのか?)

 そんな事を考えていると、貴子が不思議そうに問いを発した。


「でも一体何? 結構かさばっているけど、見た目より重く無いし」

「さあ?」

 自分でも分からない為すっ呆けた芳文だったが、それを聞いた彼女は呆れ顔になった。


「自分で頼んだのに、分からないわけ?」

「最近頼むだけ頼んで、忘れてる事が多くてな」

「あら、若年性健忘症?」

 茶化す様な物言いにも、芳文は苦笑いしただけで寝室に向かって足を進めた。


「ちょっと着替えながら中身を確認してくる」

「分かったわ。その間に食事を温め直しておくから」

「悪いな」

 断りを入れて寝室に向かった芳文は、まず部屋着に着替えてから床に置いてあったダンボール箱に手を伸ばした。そしてガムテープを剥がして蓋を開け、固定用のダンボールと緩衝材に囲まれて入っていた一見大き目のタテゴトアザラシの赤ちゃんのぬいぐるみを確認した彼は、仕事柄その商品名と用途を知っていた為、思わず渋面になる。


「……何だこれは?」

 疑念に満ちた表情から一転、芳文は数秒後には疲労感満載の表情で溜め息を吐いた。

「隆也……。お前って奴は、どうしてこう斜め上のチョイスを……。おっと、噂をすれば影」

 そこで携帯がメールの着信を知らせた為、送信者が隆也なのを確認して慌てて内容を確認した芳文は、がっくりと肩を落とした。


「『俺の名前は出すな』って、お前な……。まあ良い、取り敢えず充電しておくか」

 そして何とか気を取り直した芳文は、素早く取扱説明書に目を通した。それで初期起動操作が分かった彼は、箱からそのぬいぐるみもどきを取り出し、ビジュアルまでを考えてあるのかおしゃぶりに見える充電器の端末をアザラシの口に差し込み、もう一方をコンセントに接続してから、夕食を食べる為に部屋を部屋を出た。


「すまん、待たせたな」

「構わないけど、結局あの荷物、何だったの?」

 自分の目の前に料理を並べながら貴子が尋ねてきた為、芳文は一瞬口を開きかけたが、すぐに苦笑いして誤魔化す。

「うん? ……ああ、後から教える」

「そう?」

 貴子は疑問には思ったものの、それ以上は話題には出さずに話を終わらせた。しかしその疑問は、翌朝には解消される事になった。


「貴子、昨日届いた荷物の中身はこれだ」

 そう言いながら例の白いアザラシを抱えてリビングにやってきた芳文に、貴子は意外そうに目を見張った。


「アザラシのぬいぐるみ? でも箱の大きさはともかく、ぬいぐるみにしては重かったと思うけど」

「機械が内臓されてるからな。じゃあちょっと起動させてみる」

「動くの?」

 疑わしげに芳文の腕の中に視線を向けた貴子だったが、芳文がごそごそと手を動かすと、アザラシがピクリと前脚を動かしながら小さな声を発した。


「……きゅい?」

「鳴き声まで出るの!?」

 本気で驚いた声を出した貴子に、芳文は楽しそうに説明を加える。


「ああ。触ったり撫でたり、軽く握ったりすると反応するぞ? 明暗とかも判断するし、好き嫌いとかも表現するしな」

「本当? ええと、それじゃあ」

 そう言って頭を撫でてみようと手を伸ばした貴子だったが、顔から突き出ている何本かの髭を軽く押してしまった途端、芳文の腕の中でアザラシが軽く身を捩って貴子から顔を背けた。


「きゅぅ~ぅん……」

「え? あ、ひょっとして、ヒゲって触られるの苦手なの? ごめんごめん!」

 貴子が慌てて髭には触らない様にして頭を撫でてあげると、アザラシは機嫌を直した様に向き直って貴子を見上げ、軽く後ろ脚を動かしながら嬉しそうな声を上げた。


「ふきゅ! きゅうぅっ!」

「うわ、何これ可愛い! 瞬きしたわ!」

「おう、喜んでるな。名前を呼んで可愛がってやれば、リアクションも段々増えるぞ? 内部のシステムに学習機能も付いているからな」

 忽ち笑顔になった貴子を見て、芳文も笑いながら説明すると、貴子は心底感心した声を出した。


「へえ~、凄いわね。今はこんな玩具も有るの?」

「玩具じゃなくて、正確にはセラピーロボットだ。ちゃんと効果も実証されてて、病棟や老人介護施設等で導入されてるぞ?」

「そうなんだ」

 素直に頷いてから、貴子は素朴な疑問を覚える。

「……何でセラピーロボットがこんな所にあるの?」

 その質問は当然予想されていた内容であり、芳文は落ち着き払って答えた。


「俺の専門は精神科で、クリニックは内科の他に精神科と心療内科併設なんだ。今度これを導入しようかと考えているんだが、その前に自分で実際に試してみようと思ってな」

「ああ、なるほど」

 一応筋が通った話であり、貴子は素直に頷いた。しかし続く話に少し戸惑う。


「だがこの年で、じっくりぬいぐるみを撫で回すってのもな。お前日中暇だろうし、これをかまって感想を聞かせてくれないか?」

「感想? それは構わないけど……」

「ちなみにパロって言う商品名はあるんだが、導入先ではそれぞれ個別に名前を付けて可愛がってるらしい。お前も好きな名前を付ければいい」

「名前ねぇ……」

 差し出されたそれを受け取り、抱きかかえて背中を軽く撫でながら考え込んだ貴子は、すぐに晴れやかな笑顔になって両手でアザラシの両脇を持ち、その顔を見下ろしつつ優しく呼びかけた。


「そうね、じゃあ君の名前はヨッシーにするわ。これからよろしくね? ヨッシー」

「きゅう!」

 笑顔の貴子に、嬉しいと言わんばかりに再度瞬きしながらヨッシーが一声鳴いたが、その横で芳文が軽く顔を引き攣らせた。


「おい貴子。なんでヨッシーなんだ?」

「だってなんとなく男の子っぽいし、芳文が本来の飼い主だし?」

 事も無げに理由を述べた貴子だったが、芳文は額を押さえて呻いた。

「確かに買ったのは俺だがな……。他の名前にしないか?」

「どうしてよ? ねぇ、ヨッシー? 名前はヨッシーで良いわよね?」

「きゅう、きゅい!」

「ほらヨッシーで良いって!」

「好きにしろ……」

「いやぁぁっ! ヨッシー可愛い!」

 色々言いたい事はあったものの、ウキウキとヨッシーを構っている貴子を眺めた芳文は(まあ良いか。少しは元気になったみたいだし。だけど隆也の奴がこれを知ったら、絶対嫌味の一つや二つ言ってくるな)と、若干遠い目をしたのだった。



 貴子が新野署に任意での事情聴取を、大門同席の上で受け始めて数回。この間事態は全く改善せず、貴子の目からは捜査も殆ど進行していない様に見えていた。その為、相手の質問が途切れた隙に、さり気なく嫌味混じりに問いかけてみる。 


「そういえば、警察発表が未だに無いようですが、犯人の身元は分かったんでしょうか?」

 横に座っている記録役と思われる若手の刑事がピクッと反応したものの、毎回律儀に担当している譲原は、さすがに課長らしく落ち着いて受け答えした。

「……捜査中の事柄についてはお話しできませんので、ご容赦下さい」

「身元が判明するどころか、目星も付いていないという噂も出ていますね」

 しかしそれに大門が推測を付け加えた為、室内の空気が一気に悪化する。


「週刊誌やワイドショーで言われているみたいに、やっぱり逃げられてしまったんですか? でも遺留品もたくさん残っているみたいですし、普通に考えれば犯人逮捕は当然ですよね? テレビ局が大挙して押し寄せて、現場の映像を随分撮ってましたし」

「この場合『逮捕できるかできないか』ではなく、『どれだけ早く逮捕できるか』が問題ですね。取り逃がすなど問題外です」

「ですよね~」

「…………」

 貴子達のわざとらしいやり取りに譲原は無言で怒気を漲らせ始めたが、ここで我慢できなかったらしい若い刑事が押し殺した声で言い出した。


「宇田川さんは、犯人の素顔をご存じでは無いですか?」

「おい、石原!」

 譲原が小声で窘めたが貴子はそれには構わず、不思議そうな表情で石原に言い返した。


「どうしてそんな事を仰るんです? 事件の最中、犯人はずっと目出し帽をかぶっていましたが」

「それなら現場から解放された時、宇田川さんに取材陣の殆どが群がっていた筈ですが、どうしてそんな人目を引く事をしたんですか?」

 明らかに非難する口調の石原に、貴子は顔を顰めながら堂々と言い返した。


「何か激しい認識の違いがあるみたいですが。その時のカメラマンや取材者の方に話を聞けばお分かりになると思いますが、わざわざ私が声をかけてマスコミの皆さんに集まったわけじゃありませんよ? 一番先に警察の皆さんから離れて自由になったんですから、コメントを取りにくるのは当然じゃ無いですか」

 そこで大仰に頷きながら、大門が会話に割って入った。


「ああ、なるほど。その時に宇田川さんにカメラが集中して、他の人質が写った映像があまり無かったんですね? それで人質に紛れて逃走した犯人の人相が不明のままだと。だから手配もできないと仰る」

「ですがそれは、どう考えても不可抗力じゃありません? 私みたいにカメラ慣れしていて見栄えのする被写体を、プロのレポーターやカメラマンが逃がす筈ありませんもの」

「仰る通りです。第一、犯人が偽名で名前を控える時に、見ていた担当の警官の方達の記憶を基に、モンタージュ写真を作られては?」

 淡々と大門が話を纏め、「そちらほど暇では無いので、さっさと次の質問に移って頂けませんか?」と真正面から嫌味をぶつけた為、その場の雰囲気は一層険悪な物となった。

 そんな通算何回目かの不毛なやり取りを終わらせて新野署を出た貴子は、傍らの大門を振り返って尋ねた。


「大門先生は、これから事務所に戻られますか?」

「いえ、このまま次の打ち合わせ場所に出向く予定です」

「それではこれは荷物になりますので、私が事務所に持参しますので」

 新野署の前で合流した時から持参していた、長方形の紙箱を積み重ねて入れてあるらしい大きな紙袋を、軽く持ち上げながら貴子が告げると、大門は軽く頭を下げて謝辞を述べた。


「いつもすみません」

「これ位、大した事ありませんわ。それでは失礼します」

 そして一礼した貴子が、ちょうど通りかかったタクシーを止めて、乗り込んだそれを見送った大門は、彼女が持参していた紙袋の容量を思い返し、些か呆れ気味に呟く。


「……どれだけ作ったんだ?」

 しかしすぐに軽く首を振り、頭を次の仕事へと切り替えて歩き出した。そしてその疑問は、彼が一仕事終えて事務所に戻ってから明らかとなった。


「戻りました」

 広いフロアに入って近くの者に声をかけるなり、事務職の若い女性が立ち上がって大門に声をかけてきた。

「あ、大門先生! お帰りなさい! 先生の分はちゃんと取ってありますから。今お持ちしますか?」

「お願いして良いかな? ついでに茶もあれば嬉しいが」

「今日はエクレアですから、紅茶を淹れますね? 少し待っていて下さい」

 この間、自分への先渡し報酬をお裾分けしていた事務所の面々から「美味しく頂きました」「今日も絶品でしたよ?」などの声を受けつつ、大門は自分の机に辿り着いた。そして鞄から書類を取り出しつつ、先程の女性が取り分けていた四種類のエクレアを紅茶を運んできてくれた為、行儀が悪いとは思いながらも、書類に目を通しながら片手で持って食べ始める。

 そして最後の一個にかぶりついた所で、この事務所のボスである榊亮輔が歩み寄って声をかけてきた。


「帰っていたか。どうかな?」

「四種類とは恐れ入りましたね。やはり王道のカスタードが一押しだと思いますが、この抹茶クリームの甘さと苦味のバランスは絶品ですね。イチゴクリームは女性受けすると思いますが、私的にはどうしても香料が」

「誰がエクレアについての感想を求めた」

「軽い冗談です」

 苦虫を噛み潰した様な顔になって感想を遮った亮輔に、大門は真顔で弁解した。それに亮輔うんざりした表情になってから、次に顔を顰めて考え込む。


「全く……。しかし彼女、あれだけの量を何時起きして作ったんだか」

「トリュフチョコの詰め合わせから始まって、リーフパイ、ロールケーキ、クリームブリュレにアップルパイでしたか」

 指折り数えつつ大門がこれまでの経過を述べた為、流石に亮輔が窘めた。


「おい、他人事みたいに言うな。お前が要求したんだろうが」

「否定はしませんが、気合い入れて作り過ぎです。他にする事が無いのかもしれませんが」

「話は戻るが、そうなると君から見ても問題ありか?」

 その問い掛けに、大門ははっきりとした渋面になった。


「大ありですね。依頼人の心身の健康状態に配慮する事も、弁護士としての職務の範疇かと思いますので、できれば所長からご子息に働きかけて頂ければ助かります」

「分かった。尻を叩いておこう。邪魔して悪かった。味わって食べてくれ」

 真面目くさって部下に頷いた亮輔は、そう言ってから自分の机へと戻って行った。


「どうした。お前の方から電話してくるとは、珍しいな」

 夜、唐突にかかってきた電話に、寝室でそれを受けた芳文が軽く驚きながら声をかけると、相手は何やら不機嫌そうに応じた。

「親父に尻を叩かれた」

「亮輔さんがどうした?」

「ところであいつの様子はどうだ? 気分転換に送ったあれはどうなってる?」

 すぐに気を取り直したらしく、話題を変えていつも通りの口調で尋ねてきた隆也に、芳文は訳もなく反感を覚える。


「姫様におかれましては、先日のご進物は大層お気に召したご様子でいらっしゃいます」

「ふざけるな」

「ふざけてんのはお前だろ。あれは一体何十万すると思ってやがる。個人がポンと買って、送りつけるもんじゃねぇぞ?」

 多少喧嘩腰になってしまった芳文だったが、隆也は事も無げに告げた。


「金は有り余ってる。ずっと実家住まいだし、付き合ってた女は全員自立してるタイプだったから、半同棲してた時も生活費は出したが、高価な物を強請られる様な事は皆無だった」

「金の有る無し以前に、どっからセラピーロボットなんかの情報を仕入れた。店先や通販で気軽に購入できる物じゃ無いんだぞ?」

「そこら辺はどうでも良いだろう。それで? 気に入ってる様なら良いんだが」

 ここで隆也にしては珍しく、若干気にしている様な口調になった為、芳文は仕方がないとばかりに溜め息を吐いてから教えた。


「さっきも言ったが、名前を付けて可愛がる位本当に気に入ってるし、以前と比較すると安定している様だぞ?」

「お前がそう言うならそうだろうな」

 そこで電話越しに小さく笑う気配が伝わってきた為、芳文が口を開こうとした途端、ノックも無しにいきなり寝室のドアを押し開けて貴子が乱入してきた。


「芳文!!」

「うぉっ、と。おい、どうした血相変えて?」

 驚いてスマホを耳から離しつつ問い質した芳文だったが、貴子はそんな彼の目の前で、ヨッシーを両手で抱きかかえつつ泣き叫んだ。


「ヨッシーが壊れちゃったの!!」

「は?」

 戸惑う彼の目の前で貴子は床に座り込み、「わあぁぁっ!!」と大声で泣き出してしまった為、常には見せないその動揺っぷりに呆れつつ、芳文は冷静に声をかけた。


「ちょっと待て、落ち着け。使い始めたばかりで、そうそう壊れる物じゃないだろ? 乱暴に扱ったりしてないよな?」

「す、するわけ無いでしょうっ!! 可愛がってたわよ! それなのにっ、急に動かなくなって……。電源スイッチを何度か入れ直してみても、全然っ……。ヨッシー! 死んじゃ嫌ぁぁぁっ!!」

「だからちょっと落ち着けって!」

 白いぬいぐるみを抱きかかえ、うずくまりつつ再び派手に泣き出した貴子を芳文は困った顔で見下ろしたが、ここである事実に気が付いた。


「……なあ、貴子」

「ふぇっ……、な、なにっ……」

「お前この三日間、こいつの充電したか?」

「え?」

 貴子はゆっくりと上半身を起こし、涙を零しながら何回か瞬きした。きょとんとした表情で、今言われた質問の意味を理解しようとしている貴子に向かって、芳文は重ねて言い聞かせる。


「俺は最初に起動させた時以外、していないんだが?」

 そして二人が真顔で顔を見合わせている間、室内に沈黙が漂った。そして数秒経過してから、貴子が腕の中の物体を見下ろしつつ悲痛な声を上げる。


「ごめんなさいヨッシー! お腹が空いて死にそうになってたのね!? 芳文! 充電器はどこっ!? さっさと出しなさい!!」

 後半は打って変わって鬼気迫る表情で自分に向かって声を荒げた貴子に、芳文は疲れた様に床に置きっぱなしになっていた段ボール箱を指差した。


「そこの段ボール箱の中」

「ヨッシー! 今お腹一杯、食べさせてあげるわ! もう少しの辛抱よ!!」

 険しい表情で勢い良く箱の蓋を開け、迷わず充電器を取り上げた貴子は、それとヨッシーを抱えてバタバタと血相を変えてリビングに戻って行った。

 それを呆然と見送り、ついでに貴子が開け放って行ったドアを閉めてから、芳文はこの騒ぎの間左手に持っていたスマホを再び耳に持っていく。


「すまん。待たせたな」

 先程の騒動が丸聞こえだったであろう相手に短く謝罪すれば、それはそれは疑わしげな声が返ってくる。

「……おい。本当に大丈夫なのか?」

 その問いかけに、芳文は空いている右手で頭をがしがしと掻きながら、思案を巡らせた。


「やっぱりちょっと情緒不安定だな。これまで薬物治療は控えていたんだが、そうも言ってられん。この際、マイナートランキライザーの処方を考えてみる。暫くはそれで様子を見よう」

「そうか」

 冷静に相槌を打ってきた隆也だったが、ここでさり気なく話題を変えた。


「芳文、ちょっと確認したいんだが」

「何だ?」

「さっきの話の流れからすると、あれの名前が『ヨッシー』なんだな?」

「ああ、あいつがそう名付けた」

「…………」

 途端に電話の向こうで押し黙った隆也に、芳文の疲労感は倍増した。


「おい、俺の名前から取ったからって、静かに怒るなよ。男の嫉妬は見苦しいぞ。ちゃんとお前からだって言えば、お前の名前から付けたんじゃ」

「それじゃあな」

「おい!」

 話の途中でブチ切った隆也に腹を立てたものの、ここでかけ直しても絶対に出ないと長い付き合いで分かり切っていた芳文は、潔く通話を終了させた。


「本当に揃って面倒な奴等だな」

 愚痴っぽく呟いた芳文は、ドアを同様貴子が開けっ放しにしていったダンボール箱の蓋をきちんと閉じるべく、それに歩み寄って屈み込んだ。



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