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ハリネズミのジレンマ  作者: 篠原 皐月


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第15話 初詣

 お互いに、相手が時間に正確だと言うのは分かっていた為、隆也は約束の時間五分前に貴子のマンション前に到着したが、その時既に貴子は、支度を終えて歩道に佇んでいた。その目の前に停車してみせると、迷わず歩み寄って来た貴子に苦笑しつつ、ドアロックを解除する。そして彼女がドアを開けて体を滑り込ませてくると、半ばからかいながら声をかけた。


「早いな。まだ室内でゴロゴロしているかと思ったが」

「まだそんな年寄りじゃないのよ。それよりちょっとこれ、後ろに置かせて」

「ああ」

(何だ? 初詣に行こうってのに、手荷物なんて)

 持っていた白い無地の紙袋を、体を捻りながら後部座席に置いた彼女に、隆也は疑念を覚えた。


「おい、本当に初詣に行くんだろうな?」

「行くわよ? ほら、場所をさっさとナビに入力して」

「もう済ませている」

 催促されて、憮然としながら車を発進させた隆也だったが、ここで貴子が幾分心配そうに尋ねてきた。


「ところで、新年早々呼び出しを受けるとかは無いでしょうね?」

「ちょっと問題が発生して、実は二日に急遽出る羽目になったからな。今日は余程の事がない限り、大丈夫だろう」

「三が日にも引っ張り出されるなんて、人気者だし幸先良いわね」

「言ってろ」

 茶化す様に言ってきた彼女に、隆也も憎まれ口を叩きつつ、いつもの様に軽快なやり取りをしながら、ドライブを続けて行った。


 国道から首都高に乗った後は、ナビの指示に従って幾つかのジャンクションを迷う事無くすり抜け、車は順調に首都高7号線から直通の京葉道路へと入った。渋滞などに全く遭遇しなかった事で気分良く走らせていた隆也が、思ったより時間を要しないで到着できそうだと考えながらウインカーを出して左車線に車線変更しようとした時、何故か貴子が、慌ててそれを止めさせた。


「あ、ちょっと、ここで下りないでよ?」

「どうしてだ? ここで下りるのが一番近いだろうが」

 思わずナビの表示を確認しながらも、取り敢えず車線変更を止めて問い返した隆也に、貴子が強い口調で言い聞かせる。


「いいから。とにかく、私が良いと言うまで、もう少し走らせて頂戴」

「何なんだいったい」

 ブチブチ文句を言いながらも、取り敢えずそのまま車を走らせていった隆也だったが、京葉道路と連結している館山自動車道にまで入ってしまい、更にいきなり「ここで下りて!」と叫ばれたICで下に下りて国道に入った瞬間(なるほど、そう言う事か……)と、ほぼ正確に貴子の意図を悟った。

 しかしそ知らぬふりで運転を続け、貴子の指示通りに右に、左にと何回か曲がっていると、先程同様彼女が唐突に言い出した。


「あ、ちょっとこの辺りで、寄せて止めてくれる?」

「どうした?」

「いいから止めて」

 そして大人しく車を止めた隆也に、貴子がしれっとして礼を述べる。


「ここまでで良いわ。送ってくれて、ありがとう」

「やっぱりお前、最初から俺と一緒に初詣に行く気は無かったな? ここはお前の母親の、再婚相手の家に近いんだろう?」

 とっくに予測は付いていた為、怒るのを通り越して呆れながら確認を入れた隆也だったが、貴子は一向に悪びれなかった。


「あら、誰が一緒に初詣に行くと言ったのよ? 私は『こういう所があるけど、初詣に行ってみない?』と紹介しただけよ。そこに行くなら、ついでに送って貰う事にしただけだし。それのどこが悪いの? 初詣には、ちゃんと後から一人で行くしね。嘘は言ってないわ」

「お前って奴は……、どこまでいけしゃあしゃあと」

「何? 五月蠅いわね……、って孝司!?」

 堂々と言い返してくる貴子に(この女、どうしてやろうか?)と隆也が忌々しく思っていた時、唐突に助手席側の窓ガラスが軽く叩かれた。反射的に二人でそちらに顔を向けると、窓の外に見覚えのある顔を発見して驚き、隆也は咄嗟にボタンを操作してそちらの窓を開ける。


「姉貴! 今日家に来るとは聞いていたけど、彼氏連れだなんて聞いてないぞ!?」

 窓を開けるなり、車内に身を乗り出す様にして咎めてきた弟に、貴子は閉口しながら応じた。


「こいつは単なる運転手だから。一々断りを入れたり、連れて行く謂われは無いわよ」

「姉貴……。年甲斐も無く照れるなよ。彼氏とのツーショットを見られて恥ずかしいって言うのは、分からないでも無いけどさ……」

「あのね! だからこの前も今も、こいつとはそんなんじゃないって言ってるでしょ!?」

「またまた、そんな憎まれ口を叩いて……。いい加減しないと、本気で捨てられるぞ?」

「誰が誰に、捨てられるって言うのよっ!!」

 わざとらしく頭を抱える素振りをしながら、呆れ気味に声をかけてくる孝司に、何故か貴子はペースを狂わされているらしく、妙にムキになって言い返していた。それを眺めた隆也が、素早く考えを巡らせる。


(なんだ? そんなに俺との関係を、否定したいのか? そっちがその気なら、俺を運転手扱いした事に対する、それ相応の報いを受けて貰おうじゃないか)

 そして一人ほくそ笑んだ隆也は、自分達の方を覗き込んでいる孝司に、親しげに声をかけた。


「高木さん、お久しぶりです。新年、明けましておめでとうございます。本音を言えば、是非とも貴子のご家族の皆さんに年始のご挨拶をしたかったのですが、家族水入らずの所に割り込むのは無粋かと思いまして……。彼女を送り届けた後、迎えに行くまで時間潰しをしようと思っていたんです。貴子もそうしてくれと言いましたし」

 殊勝な口ぶりでそんな事を言った途端、姉と弟はそれぞれ違う意味合いで、盛大に反応した。


「なっ!? 何をそんな、口からでまかせ」

「榊さん、そんな遠慮なさらないで下さい! もう家は全員大歓迎ですし! 姉貴! こんな謙虚な人をアッシー代わりって何だよ? 罰当たるぞ? 普通は『そんな事言わないで寄って行って』と、説得しなきゃいけないだろうが!?」

「こいつが謙虚!? あんた、人を見る目が無さ過ぎよ? ちょっと、人の話を聞きなさいよ!」

 貴子が叱り付けているのもなんのその、孝司は素早く携帯をジーンズのポケットから取り出してどこかに電話をかけ始めた。そして勢い込んで相手に向かって叫ぶ。


「ああ、親父? お袋も居るよな? 今、コンビニの帰りなんだけど、姉貴が彼氏連れで近くまで来てるんだよ! ……そう! 先月話した、警視庁のキャリアさん! なんか変に遠慮してて、姉貴送ったら自分は時間潰ししてるって言うんだけど……。ああ、分かった。今から帰るから」

 そうして通話を終えた孝司は、携帯を元通りポケットにしまいながら、隆也に慌ただしく告げた。


「榊さん、親父も是非いらして下さいと言ってるので、このまま姉貴と一緒に来て下さい。じゃあ俺、先に行って、お出迎えの準備してますので!」

「ありがとうございます。お邪魔させてもらいます」

「ちょっと、本人を無視して話を進めないで!」

 貴子の叫びなど耳に入っていないらしく、孝司はコンビニの袋を振り回しながら走りかけ、それでは盛大に揺れて走りにくいと思ったのか、袋からペットボトルを出して左手に握り、他の細々した物は袋に入れたまま右手で握り締め、自宅に向かって猛然とダッシュしていった。そして瞬く間に角を曲がった孝司の姿が見えなくなってから、半ば呆然としながら、隆也が問いかける。


「……あれはコーラの、500mlペットボトルに見えたが、あんなに振って構わないのか?」

「構わないんじゃないの!」

「それに座布団や茶碗を、何百セット揃えておく必要があるわけでも無いだろうに、どうしてあんなに必死になって帰るんだ?」

「気が急いて仕方ないのよ! 昔から熱血少年だったしね!」

 自分から顔を背ける様に外を見ながら吐き捨てた貴子に、隆也は意趣返しができたと、含み笑いをしながら問いを重ねた。


「怒ったか?」

「当たり前でしょう! 色々面倒な事になったわよ!」

「そうか。それは何よりだ。普段、傍若無人なお前の、仏頂面が見られるとはな。それじゃあ行くぞ」

「どっちが傍若無人よ!」

 腹立たしく思いながらも、ここまで来て連れて行かないと後で五月蠅いと諦めた貴子は道案内をし、さほど時間を要さずに高木家の門前に到着した。


「へぇ、結構敷地が有るんだな」

「今時珍しい、専業農家ですからね。作業する場とか、機器を保管しておくスペースは、ある程度必要なの」

「なるほどな」

 そして門を通って慎重に空いているスペースに停車させると、それと同時に玄関が開いて、中から孝司が小走りに近寄って来た。


「お待ちしてました榊さん、どうぞ中に! 姉貴、荷物は俺が持つから!」

 手にした紙袋を引ったくる勢いで孝司が受け取った為、貴子は本気で頭痛を覚えた。


「孝司……、あんた、ちょっとはしゃぎすぎよ」

「だって、姉貴が彼氏を家に連れて来るなんて、初めてだし! しかも警察官、しかもキャリア! これを快挙と言わず、なんと言うべきか!」

「だから、そもそもこいつを連れて来る気なんか皆無だったのに、横からあんたが」

「またまた~、そんな照れちゃって。だけどそういうのも世間的には年齢的に、後何年かしか認めて貰えないと思うから、気をつけような?」

「……孝司、あんた相変わらず人の話、全っ然聞いてないわね?」

(うん、文句なしに面白いな、この姉弟)

 マイペースな孝司と、顔をひくつかせている貴子を交互に見ながら、隆也は半ば感心していた。そして二人を先導した孝司が玄関に到着すると、廊下の奥に向かって声を張り上げる。


「親父~、お袋~! 姉貴と彼氏さんのご到着~」

 するとすぐ近くの襖が開き、五十代半ばと思われる夫婦が現れて隆也に軽く頭を下げつつ、挨拶してきた。


「初めまして、高木竜司です。榊さんのお話は息子から聞いておりました。先月は愚息が大変失礼な事を往来で叫んでしまったそうで、申し訳ありません。私からもお詫びします」

(ああ、俺をヤクザ呼ばわりした、あれの事か)

 すっかり忘れ去っていた事を思い出した隆也は、苦笑いしながら鷹揚に頷いた。


「いえ、あれは些細な勘違いから生じた事ですし、そんな事で一々目くじらを立てる程狭量では無いつもりです。こちらこそ家族団欒の場にお邪魔してしまいまして、恐縮しております」

 そう如才無く答えると、隣の女性が笑顔で声をかけてきた。


「孝司と貴子の母の、高木蓉子です。孝司から話を聞いて、できるなら直にお会いしたいと思っていましたが、思いがけずすぐお会いする事ができて嬉しいです。さあ、お上がりになって下さい」

「失礼します」

「ほら、貴子ちゃんも遠慮しないで」

「……はい、お邪魔します」

 竜司もいそいそと貴子を促したが、何故か貴子は一瞬躊躇う素振りを見せてから、軽く会釈して靴を脱ぎ始めた。


(ああ、そうか……、この人は、こいつの血の繋がらない義父に当たるんだったな)

 一瞬貴子の態度を不思議に思ったものの、隆也はすぐに納得して密かに竜司を観察した。その竜司は何も気負う事無く笑顔を振りまいており、(変に気にしているのはこいつだけか)と、再び貴子に視線を向けて断定する。

 全員揃って居間に入った後、座卓を囲んで改めて挨拶をし、貴子が持って来た紅白の花結び熨斗に《御年賀》と書かれた箱を相手に手渡したのを見て、隆也が(やっぱりな)と納得した。そしてお茶を飲みつつ会話が交わされたが、やはり中心は隆也に関する話になった。


「榊さんは、警視庁にお勤めなんですよね?」

「はい。現在、刑事局捜査ニ課課長を務めております」

「凄いですよね、その年で警視正だなんて。如何にもキャリア街道一直線って感じで」

「いえ、そんなに大したものでは」

「いや~、本当に榊さんって、謙虚ですよね~。もう姉貴に、爪の垢を煎じて飲ませたい位ですよ」

「…………」

(傍若無人とか鬼畜とは良く言われるが、謙虚なんて初めて言われたな……)

 長方形の座卓の長辺に隆也と貴子、それに向かい合って竜司と蓉子が座り、孝司は貴子側の短辺に一人で座っていたが、隆也を褒め称えつつ自分の肩をバシバシ叩いてくる異父弟に、貴子は黙って茶を啜った。隆也も思わず遠い目をして、これまで周囲から贈られた自分に対する形容詞を思い返していると、孝司が唐突に問いを発してくる。


「そう言えば、二人はどうやって知り合ったんですか? 考えても、接点なんて無さそうですけど」

「そうだなぁ、それはちょっと不思議に思っていたんだが」

「あ、私もそれは聞きたかったの」

「それは……」

「えっと……」

(さすがに、綾乃ちゃんともう一人の弟とのデートを監視しに行って、遭遇したとは言えないな……)

(面白半分に祐司のデートウォッチングに行ったなんてバレたら、怒られるし呆れられるわね……)

 咄嗟に口に出せずに困った二人だったが、どちらも頭の回転は速かった。


「その……、捜査の一環で、部下が柳井クッキングスクールに協力を要請しに出向いた時、対応してくれたのが講師の彼女でして」

「その部下さんとお話がてら、私が出る予定のイベントの入場券を差し上げたら、部下さんがこの人に渡して興味を持ってくれたらしくて、当日出向いてくれて。そこで初めて顔を合わせたの」

「そうか、なるほどな~。全然接点が無さそうに見えるのに、もはや運命だね! その部下さんに感謝しないと!」

「は、はは……、運命、ね」

「そうね……、感謝しないとね」

 取り敢えず話を合わせた二人だったが、テンションが高いままの孝司の台詞に、微妙に顔が引き攣るのを止められなかった。そこで孝司が口調を変えて、しみじみと言い出す。


「しかし祐司、悔しがるだろうな~。一人だけ榊さんを見逃して。実は正月に帰って来た時、家族内で榊さんの話で盛り上がってたんですよね。だけどもう年末年始休暇は終わって、出勤しているから」

「残念ですね。私も一度、お会いしたかったです」

 そう平然と言ってのけた隆也に、貴子が隆也にだけ聞こえる様な小声で噛み付いた。


「何、白々しい事言ってんのよ! 祐司の顔なら、真っ先に知ってるくせに」

「仕方が無いだろう。状況が状況だから、あのデートで初めて出くわした事を誤魔化したんだし」

「榊さん! 1+1は?」

「え?」

「2だが」

 いきなりの呼びかけ口調の質問に、顔を突き合わせる様にして揉めていた二人は、思わず声がした方に顔をむけた。その瞬間フラッシュが光り、それが消えると携帯片手に満足そうに成果を確認している孝司の姿が目に入る。


「よっしゃ、姉貴と榊さんのツーショット激写! 祐司に送ってやろう!」

「…………」

 不意打ちをまともに食らった形になった隆也は、その事実に呆然として固まり、一瞬遅れて貴子が腰を浮かせながら盛大に抗議した。


「ちょっと、何するのよ孝司! 止めなさい!」

「だって二人一緒の写真撮らせてくれって言っても、絶対嫌だって言うだろ? それなら不意打ちで撮るしかないじゃん」

「『ないじゃん』じゃあ無いでしょう!? 本人の同意無しに撮る方が間違ってるわよ! 第一、あんたも何間抜けな口半開き顔、撮られてるのよ!」

「……あらゆる意味で想像の斜め上で、対処が追い付かなかった」

 八つ当たり気味に隆也を叱り付けた貴子だったが、もう隆也は苦笑するしかできなかった。そんな二人の前で、何かのお知らせ音らしき電子音が鳴り響く。


「よっしゃ! 送信完了っと! 感謝しろよ~、祐司」

「……勘弁して」

「俺はもう、どうでも良い」

 自分の携帯に向かって自慢するが如く宣言した孝司に、貴子は疲れた様に元の様に座り直し、隆也はそんな彼女を横目で見ながら笑いを噛み殺した。そんな様子を眺めていた竜司と蓉子は、揃って目元を緩めて隆也に声をかける。


「本当に、榊さんは肩書きとお年に似合わず温厚で思慮深い方ですね。貴子には勿体無い位だわ」

「彼女の事を、宜しくお願いします」

「いえ、こちらこそ宜しくお付き合い下さい」

 そこで神妙に頭を下げて応じた隆也を、貴子は忌々しい物でも見るかのような視線で睨みつけていたが、それもまた孝司にからかわれるネタになり、高木家を辞去するまで貴子の機嫌は傍目には分かりにくいものの、不機嫌なままだった。


「どうした。凄い仏頂面だぞ? 食べ過ぎたか?」

「誰のせいだと思ってるのよ、誰の!?」

 主に隆也が愛想を振り撒いてそれなりに話は盛り上がり、結局昼食をご馳走になって、夕方帰途についた二人だったが、車を来たルートと逆方向で走らせながら隆也が尋ねると、案の定貴子からは盛大な文句が返ってきた。


「お前自身のせいだろう。俺を運転手代わりにするからだ」

「この……」

「まあ、確かに俺も、あのハイテンションぶりには少々疲れたがな。お前、普段そんなに、男関係がろくでもないと思われてるのか?」

「それは……」

「うん? どうした?」

 何故か言いかけて口ごもった貴子を、隆也は横目で見ながら軽く続きを促してみた。すると貴子が普段とは違う、気弱そうな声でボソボソと口にする。


「以前……、ろくでもない男に引っかかって痛い目をみた時に、それをあそこの家で、盛大に愚痴ってしまって、随分心配かけちゃったからよ。その時に『男はもうこりごりだから』とか言っちゃったし。やっぱりあれは、止めておくべきだったわ。弟二人はどっちもいい娘見つけて仲良くやってる様だし、上がいつまでもフラフラしていたら、それなりに目立つんじゃない?」

 その、心底後悔している様な口ぶりに、隆也は無意識に眉を寄せてから、前を見たまま淡々とした口調で感想を述べた。


「そうか。今は間違ってもろくでもない男に引っかかる心配はないって言うのに、親にしてみれば、子供はいつまで経っても子供っていう典型だな」

「え?」

「……どうしてここで驚く?」

「何でも無いわ」

 どうやら予想外の事を言われて素で驚いたらしい貴子に、隆也は自分の台詞のどこにそんなに驚いたのかと不思議に思った。そして再び互いに無言になって考え込む。


(親達が心配していたのは確かだろうが、俺が警視庁勤務のキャリアだって事に、余計に安堵していた風情だったんだが……。何となく父親絡みの、嫌な感じがするな)

 取り敢えず、隆也はその直感を脇に置いておく事にして、当初のナビの目的地に近付いて来た為、貴子に声をかけた。


「さて、じゃあ遅くなったが初詣していくぞ」

 そう言われて、気持ちを切り替えたのか、貴子がいつもの口調で応じる。

「……そうね。徹底的に厄払いしたい気分になってきたわ。今ならろくでもない縁が切れるなら、お賽銭を弾んでも惜しくはない気分よ」

「弾むって、具体的にどれ位だ?」

 内心(そのろくでもない縁には、俺との縁も入っているんだろうな)と思いながら尋ねてみると、明確な答えが返ってきた。


「一万円」

「なんだ。百万の札束を放り込む様になってから、そういう事を言え。そうだな……、お前が一万なら、俺は二万出す。女より少ない額は出せないからな」

「つくづく嫌味な男ね、あんたって! しかもセコい見栄を張らないでよ!」

「何とでも言え。その後、適当に食って帰るぞ。美味くて開いている店を探しておけ」

 いきなりの命令口調に即座に言い返そうとした貴子だったが、はたと気が付いた。


「ちょっと待って。帰るって……、まさか私のマンションに来る気?」

「帰りがけに高木さんが持たせてくれて、トランクに入っている自家製の大根、白菜、ほうれん草。お前、全部手に持って帰れるのか?」

「…………」

 すっかりそれを忘れていた貴子が思わず歯軋りすると、隆也が淡々とリクエストを出した。


「今の季節だったら、ぶり大根だな。今度食わせろ」

「あんたの好みなんて、知った事じゃ無いわよ!」

(とかなんとか口では言いながら、絶対作るよな。結構律儀な奴だし)

 盛大に言い返してきた貴子だったが、隆也は口元が緩むのを抑えきれなかった。それを目ざとく見つけた貴子が、目を細めて睨み付ける。


「……一人で、何を笑ってるのよ?」

「別に、何も?」

(さて、今度はいつ顔を出す事にするか)

 貴子が口にする文句の言葉をBGMにしながら、早速スケジュール帳を頭の中で展開した隆也は、同時に後回しになっていた初詣を実行するべく、次のインターチェンジで下りる為にウインカーを出して車線変更をした。



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