甘える理由
「ねえ、帰っていい?」
「いいわけないだろ」
八月中盤。
夏休みも半分も過ぎた頃、なぜか休暇中の高校の校庭に、十数人の男女が集まっていた。
「皆いるな。じゃあ、二年B組有志による肝試し、始めるぞ!」
「「おお!」」
「……帰りたい」
夏休みも終わりが近づいている。
が、ひと夏の思い出がない!と数人の男子が結託して女子勢を誘い、その女子勢がまた知り合いに声をかける、という連鎖反応が起き、いつの間にかお祭り好きな二年B組の有志で肝試しをすることになってしまったのだ。
「何だ、まだ嫌なのか?」
他人から見ても、明らかに肩を落としているのがわかる御崎美鈴に、クラスメイトの沖紘は声をかけた。
「……私が怖いの苦手なの知ってるでしょ」
「まあな。けどもうペアまで決まってるんだから諦めろ」
「そのペアの相手も嫌なのよ」
「悪かったな」
美鈴の隣に立っていた火野駿は、苦笑した顔でそう言った。
「頑張ってくださいね、美鈴さん」
紘の左腕に抱きつきながら、如月瞳が美鈴に話しかけた。
「抱きつけるチャンスじゃないですか」
「抱きつかないわよ」
美鈴は短い言葉できっぱりと否定し、額に手を当てたまま顔を俯かせた。
「というか、何でまでいるの、あなた中学生でしょうが」
「紘さんが行くなら、ってことで私も着いて来たんです」
「別に変なことじゃないだろ?」
付き合ってるんだし、と何気なしに言う。
美鈴はそんな紘を憎らしげに睨み、口を開く。
「ロリコン」
「二つしか違わないっての」
ちなみに紘は高校二年、瞳は中学三年だ。
「――あ、紘さん。次私たちです」
「みたいだな。じゃあ、俺ら先行くから」
腕に瞳をひっつけたまま、紘は先に校内に入って行った。
二人を見送りながら、駿は隣で暗い表情を浮かべている美鈴を見下ろした。
「……そんなに苦手か?」
「……悪い?」
「言ってないだろそんなこと」
喧嘩腰というか、不満な様子を隠そうともしない美鈴を見て、駿は溜息と共に言葉を吐いた。
「嫌なら来なきゃよかっただろが」
「仕方ないでしょ。アレに逆らえると思う?」
「……いやまあ、そりゃそうなんだが」
駿はそもそもの発端になった人物を思い出し、何とも言えない表情を浮かべる。
「けどもう諦めるしかないだろ。どうにもなんないんだから」
「それとこれとは別なのよ、察して」
「いや察しまくってるが」
参加したくはない。が、しないとどんな目に合わされるかわかったものじゃないという、葛藤というかジレンマを抱えてることくらいは流石にわかるが。
「とにかく諦めろ、そしてもう話切るぞ。噂が影呼びこんだら洒落にならん」
「……そうね」
「好き放題言うわね」
はあ、二人揃って溜息をつくのとの同時に、二人の肩に手がかけられた。
その声の主に、駿と美鈴は一瞬で青ざめた。
木島奈々。1組を支配する委員長だ。
「あたしは化け物かなんかか、ねえ」
「いや、その」
「他意はないです……」
「他意はなくても悪意はあるでしょうが。……それよりアンタら、順番」
「え?」
「あ」
視線をあげると、話しこんでいる間にも数組出発したらしく、二人まで回ってきていた。
それを確認すると、駿は美鈴の手を掴み、逃げるように校舎へ走った。
「ちょ、手……!?」
「何も言うな!」
校舎に入り込むと、扉を閉めた。
肝試しは、スタートが一階の正門、ゴールは三階にある空き教室という、アバウトなコースで行われることになっている。
脅かし役といった者たちはいない。そんなことしなくても、夜の放課後の学校というシチュエーション自体が結構怖いからである。まあ、誰も脅かし役に立候補しなかったというのも理由の一つではあるのだが。
ゴール地点には、参加人数分の鉛筆が置かれており、それを一本を取ってくれば肝試しクリア。ちなみに取ってこれなかった者、ペアで戻ってこなかった者たちは罰ゲームで一週間の掃除当番が課せられる。
「……あ、のさ」
「…………何?」
「ひっつかれると歩き難いんだが」
「うっさい、我慢しろ。役得でしょ」
「何の役得だよ……」
駿は頭を掻きつつ、自分の手を掴んで離さない美鈴を見下ろす。
「いいから歩く。早く終わらせるわよこんなの」
「はいはい」
校舎に入って、手を離そうとした駿の手を、美鈴はずっと掴んで離さない。一階から二階に来た今でも、離す様子はなかった。
「……そんなに怖いわけ?」
「怖いわよ」
「毎日通ってる場所だろうが」
「そんなの関係ないの、夜の学校、ってだけで怖いのよわからない?」
「わかんねえなあ」
空いている左手で再度頭を掻きながらはあ、と溜息をついた。
「ちょ、今なんか窓に映らなかった?」
「そりゃ映るだろ、木だ木」
もう見える物全てが怖いらしい。こりゃ重症だと感じた駿は、話を変えた。
「先に行った紘たちは今頃戻ってる最中かね」
「そう、なんじゃ、ない?」
「ビビりすぎだろ……。まあ、多分瞳ちゃんがキャー、とか言って紘に抱きついてんだろうな」
「……ありありと想像できるわねそれ」
「紘も拒否しないんだろうなあ」
「彼女に抱きつかれて嬉しくない彼氏なんかいやしないだろうけど」
「そりゃそうか。……お」
話している間に、三階への階段にたどり着いた。空き教室は上がってすぐ近くだ。
「もうちょいだ、頑張れ」
「う、うん……」
もはや涙目である。
可愛いなオイ、とか思いながら、階段を登り切った駿は、空き教室の扉に手をかけた。
「はいゴール……いい加減離れろって」
「無理」
机の上に置かれていた箱から、鉛筆を一本手に取る。
「じゃ戻るか」
駿が踵を返そうとすると、突然ガタガタ、と物音が空き教室に響いた。
「っ、きゃああああああああ!」
「どわ!?」
物音に驚いた美鈴に抱きつかれ、駿はバランスを崩して倒れこんだ。
「ちょ、おい」
「いやー!」
「落ち着けっての……あ?」
物音がしたほうを見ると、そこに窓があった。そういえば、あそこの窓は立て付けが悪くなっていたような気がする。
「御崎、窓だ窓」
「窓…?」
「ああ、立て付けが悪いらしい」
倒れこんだままの状態で、美鈴に話しかけると、もう涙目どころかマジで泣いていた。
「……おいおい」
「し、仕方ないでしょ、怖かったんだから」
「はいよ。ほら、戻るぞ」
「うん……」
自分の身体に乗っかている美鈴をどかし、立ち上がる。
「行くぞ」
「う、うん……」
その場に座りこんでしまっている美鈴は、駿が差し伸ばした手を取りはしたが、立ち上がる気配がない。
「……どうした?」
「こ、腰抜けた……」
「…………マジで?」
怖がりすぎだろ、いくら何でも。心の底から、駿はそう思った。
「……でこうなんのか」
「……ごめんってば」
「いいよ、もう」
空き教室からの帰り道、腰が抜けた美鈴を、駿がおぶって運んでいた。
「普段の強気はどこいったんだか……」
「ちょっと行方不明中なの、今」
「家出少女か」
「……というかアンタのせいでもあるんだけど」
「は?」
理解が出来ず、おぶり直しながら視線で尋ねた。
「……甘えちゃうってことよ」
「何だそれ」
「うっさい、バカ! 鈍感!」
「お前に言われたくねぇ!」
ギャーギャーと口喧嘩しつつ、正門にたどり着いた二人は、周囲に散々からかわれ、それがまた口喧嘩に拍車をかけることになってしまった。
――他の人なら、こんな弱み見せない。いつも通りに虚勢張って誤魔化してる。
アンタだから、甘えて。弱いところを見せてしまうの。
その理由、どうせアンタにはわからないんだろうけどね、鈍感。……バカ。
【了】