本日、喋るペンギンを飼うことになりました
朝、目覚めたら腹の上にイワトビペンギンが乗っかっていた。
仰向けに横たわる私の腹に、ぺったりと腹這いになった銀色のイワトビペンギンが、キラキラと目を輝かせて私の寝顔を凝視していた。
当然、ばっちりと視線があう。
ついでに寝起きで朦朧としていた私の意識もばっちり覚醒する。
視線があったイワトビペンギンは、ふにゃりと妙に人間臭く目を細め、
「おはよう、もう陽が高いよ。そろそろ起きて。僕、お腹すいちゃった」
喋った。イワトビペンギンが。男性のやたら甘い美声で。
「ぺ、」
「ぺ?」
「ぺ、ぺぺぺぺペンギンが喋った!」
起き抜けにもの凄い衝撃をうけた私は、その心情のままがばりと身を起こした。
それこそ腹の上のイワトビペンギンなんか構わず勢い良く。
ころころりと私の足の方に転がったイワトビ…ああもういいやペンギンにする…ペンギンは何が楽しいのか低い笑い声をあげ、「もう一回!もう一回やって!」とまた私の腹の上に戻ろうとする。
なんだろう、このペンギン。声の印象から想像する年齢と、行動や口調から想像する年齢に差を感じるわ。…とか考える前にまずは状況説明プリーズ、誰か!
「だ、だだ誰、あんたなんでここにいるのていうかどうやってはいった…いやもうなんか寝
起きに考えたくないもういいや、とりあえずでてって!」
「すごいね。息がよく続くねぇ」
ほとんど一息に言い切った私にペンギンが感心したように呟く。
「出てってよ!」
「うんうん、とりあえず落ち着くこうね」
ペンギンは「わかってるよ」とでもいうようなあたたかい目をして、平べったい翼で私の肩をぽんぽんと叩いた。
そう、そうね、まずは落ち着かなきゃ落ち着くのよ。
はぁーと大きく息をついた私の体を背もたれに、ペンギンが私の膝をイス代わりにする。
…だから、なんなのあんた!
「誰なの、あんた。どうしてここにいるの」
「僕は、…えっときみの居候?同居人?そんなのだよ。これからよろしくねぇ」
「よろしくしたくないし、そんな話きいてない。このアパートはペット不可で、よってあんたは飼えない。そしてまず、根本的に間違ってる」
「ん?何が間違ってるの?」
首を傾げて、私を見上げるペンギンの円な瞳を覗き込み、私はそれが何かの重要な宣告であるかのように重々しく告げた。
「ペンギンは喋らないわ」
「………」
ペンギンは首を傾げたまましばらく動きをとめ、
「それって、何か問題があるの?」
そう宣った。
その時何か私の中でピシャーンと雷光の如く閃いたことがあった。
あ、こいつ何を言っても通じないわ、である。
そしてたぶんこの閃きは真実で、ここに居座るき満々の正体不明な喋るペンギンに、混乱し
た私が立ち向かえるはずもなく、一緒に暮らさなきゃいけないんだろう。
「とりあえず、ご飯食べよう。僕お腹すいたんだよー」
ペンギンは、寝起き早々ぐったりとベッドに沈んだ私の腹によじのぼり、また腹這いになってそう言った。
確かにお腹は減った。…減ったけど、人の部屋に不法侵入したあげくこのペンギンは食料を要求しているのだ。なんという非道なペンギン。この外道ペンギンめが!
だがしかし、お腹が減っているのは事実なので身を起こしベッドを降りる。
気分を落ちるける為にも、まずは食事!
ペンギンは「わー」と歓声をあげて転がり、ぽふっとベッドに落ちた。
「ところで、あんた人間の食べ物でいいの?」
今日は会社もお休みの土曜日。
昼過ぎまで惰眠を貪って、もそもそ起きる予定だったのにペンギンに邪魔され、少し早めの11時起床になってしまった。
朝食と昼食の中間の食事は、昨日のおかずの残りに味噌汁とご飯。
そこまで用意したところで、はじめて疑問に思った。
このペンギン、人間と同じ食事で大丈夫か?と。
「大丈夫だよ、だって僕人間だもの」
まるで、「おかしなことを訊くね」とでも言わんばかりの円な瞳。
え、人間?…どこからみても銀色のイワトビペンギンだけど…。
よくよく観察すれば、銀色以外に通常のペンギンとの相違点が観えてきた。
全体的に通常のペンギンよりもふっとしている。
体色は銀、腹のあたりは純白で、イワトビペンギンの象徴とも言える目の上の飾り羽根は銀から翡翠色のグラデーションになっている。翼の先も翡翠色だ。
嘴は黒、先端だけ、体色とは違う金属のような光沢を放つ銀をしている。
そしてなにより、くりっとした碧の瞳は大変美しいけれど、人間だとは思えない。
私の考えが伝わったのか、若干むっとしてペンギンは嘴をかつんと鳴らした。
「僕は人間だよ。ちゃんときみから「ペンギン」っていう名前ももらったし、意思も通じてる。ほら、人間の言葉を喋ってるじゃないか」
「だから、人間はペンギンじゃないのよ」
座卓に料理を並べながら、子どもにするようにペンギンに言う。
「僕は「ペンギン」だよ。きみだけの「ペンギン」だ。僕は人間だから、「ペンギン」の僕は人間だよ」
真面目な口調で言い返してくるペンギン(美声)。なんだか笑える絵だが、ペンギンの言う「ペンギン」と私の中の「ペンギン」で意味が異なっているような気がしてならない。
「まぁいいわ、食べましょう」
「わーい、僕お腹すいてたんだー」
…知ってるよ。さっきからちょいちょい主張してたもんな。
「いただきます」
「…いただきます」
手を合わせた私を不思議そうにみたペンギンが、私を真似て復唱する。
…こういった習慣のないペンギンなのかしら。まぁいいか。
深めの皿に盛った食事を、ペンギンは器用に嘴で銜えて呑込んでいく。
自分のことを人間だと主張してくる癖に、そこら辺はペンギンの食事風景のまんまだ。
ちなみに座卓の高さよりペンギンの体高が低く、机上に届かなかった為に、ペンギンの下には通販の箱が踏み台としておいてある。
それにしても、首をのばして食べる様が無駄に優雅だ。音を立てずに食べていくその姿になんだか高貴さを感じるわ。
…生まれのいいペンギンなのかしら。と思っていると、ペンギンがくりっと目を煌めかせた。
「ねぇねぇ、ところできみの名前はなに?僕としたことが、まだ訊いていなかった」
そういえば。
「私もあんたの名前知らないわ。これから勝手に居座られるにしても、名前くらいは知っておかないと」
「うん?僕の名前は「ペンギン」だよ。きみがつけてくれたじゃないか」
は?
「…ペンギン?」
「なぁに?」
首を傾げた私に、真似して首を傾げるペンギン。つまり。
「私が最初にペンギンって言ったから、あんたは「ペンギン」?」
「そうだよ、僕は「ペンギン」さ」
なんだそれ、私が名付けちゃったのか。そのとおりと頷いた「ペンギン」という名のペンギンは、
「そんなことより、きみの名前」
とせがんできた。
「私は、宮田三波よ。…ねえ本当に「ペンギン」なの?今はそうだとして、前の名前とかないの?」
「ミヤタミナミ…」
ペンギンは私の問いに答えず、何度も何度も味わうように私の名前をなぞった。
見た目はアレだけど声だけは美声なので、よばれると妙にゾクゾクする。
そして後から思えば、そのゾクゾク感は悪寒だったのだろう。
「ああ…、いい名前。僕はとても幸せだ。きっとディアーの中でも一等幸せだよ。まさかきみから真名をいただけるなんて…」
よく解らない独り言を零し、ペンギンはうっとりと目を閉じた。
羽毛に覆われて顔色はわからないはずなのに、なんだか赤らんでいる気がする。
雰囲気がピンクっぽくなってますが気のせいですよね。ええ、そのとおり。
一人(一羽?)で食事時にあるまじきピンク色を発するペンギンを放置し、黙々と料理を平らげる。
なんだか今のペンギンには触れない方がいい気がする。
私のカンがそう告げいている。
ペンギンは暫くピンクだったが、私が片付ける頃に復活し、急いで食べ終わっていた。
チッ、ピンクになっている間に外へ放り出そうと思っていたのに。
今は片付けも終わり、改めて状況確認。
「あんた、ここに住む気なのよね」
「うん。僕ここにいたい。ミナミのことずっと見ていたい」
「あらそう、なんだかストーカーを前にするような怖気を感じるけどスルーしとくわ。…で、私はあんたをペンギンて呼べばいいの?」
「そうだよ、それが僕のこちらでの名前。ミナミにつけてもらった大切な名前。僕の宝物」
さりげなく私を呼び捨てにするペンギン。…さりげなさすぎてツッコムにツッコメないわ。
「…まぁ、いいか。食費はかかるけど、一人暮らしのOLには天下の貯金があるし」
普段仕事ばっかりで忙しく、使う暇もない給金は全て口座の中だ。
私もそろそろ一人暮らしに寂しさを覚える32歳…ペットを一羽飼ったと思えば、いいのかもしれない。
しかも喋るペンギン。あーあ。
「うちに置いてあげるよ」
「うん!ありがとう!」
…きゅん、ハッ…いけないいけない。
翼をぱたぱたさせ、心底嬉しそうにはにかむペンギンにうっかりきゅんとしてしまった。
危ない。こいつけっこうかわいいじゃないの。声は成人男性のそれだけど。
もうどこからきたとか、何でペンギンなのかとか、お前ぜったい人間じゃないよとか、そんなことがどうでもよくなるくらいに可愛い。
そういえば、最近はまっている「起きたら異世界でした☆」っていう異世界トリップものの小説があったけれど、「起きたら喋るペンギンがいました★」っていうのはなかなかないんじゃないか。というかあってたまるか。
つらつら考えていると、私の正面にいたはずのペンギンが、いつの間にかすり寄ってきていた。飾り羽の揺れる小さな頭をすりすり擦り付けてくる。
どうやら一緒に暮らせる嬉しさを体現しているらしい。
まったくかわいいペンギンである。
これからはじまるであろう、この不思議ペンギンとの生活を思い、「それも悪くないか…」と可愛さにほだされる私だった。