「嘘」と言う名の優しさ…。
共同企画小説・「嘘」。他の先生方の小説は『「嘘」小説』と検索するとみれます。是非、ご覧下さい。
「嘘」
優しい嘘をつこう。限りなく甘く…そして残酷な嘘を…。
* * * * *
隣を歩く女の子は楽しそうに、俺を見上げて笑っている。
年の頃なら、14・5歳といったところだろうか…。まだ、あどけない表情を残してる。
風に揺れる綺麗な黒髪が俺の腕を掠め、柔らかな感触が次にやってきた。
「ねぇ、雅人さん。今日はどこ行くのぉ?」
「んっ…特に決めてない。どこ行きたい?」
俺の腕に絡まる彼女の手に力がこもる。俺を見上げている瞳を細め、何かを考えているようだ。
暫く唸っていたが、急にパッと顔を輝かせて―――
「遊園地っ!―――私、一回も行った事がないから、遊園地行ってみたいっ!」
力いっぱいに答えた彼女は、嬉しそうに笑っている。その笑顔は、本当に楽しそう。
「わかった。―――それじゃ、行きますか?お嬢さん」
「もぅっ!私の名前はお嬢さんじゃないよっ!美尋って名前があるんだから、ちゃんと呼んでよぉ」
「あだだだっ!痛いって――――そんなに力いっぱいつかむなってっ」
頬を膨らませて、俺の腕を思いっきり掴んでくる美尋。その力は尋常ではない。
これは、確実にアザが出来たな…なんて怪力だ――――まったく…。
「そんな事より、早く行こうよぉ〜!遊園地」
「そんなに急がなくても遊園地は逃げないって…おいっ!だから、引っ張るなってっ!」
走り出したら止まらない…俺は、半ば引き摺られるようにして歩かされていた。
前を歩く―――もとい、半分駆け出している美尋。楽しそうに笑いながら、時々俺の方を振り返っては急かしてくる。
「そんなに急ぐと転ぶ―――」
「んっ?…ひゃ、わわわっ!」
注意をしようとしたが、それよりも先に転んだ美尋。お約束を分かっている奴だ。
できれば、俺の腕を離して欲しかったのだが…俺まで転ぶとは予想外。
「いったぁ〜っ!…顔を打ったよぉ〜」
「あのなぁ…俺まで巻き込んで、何してんだ。お前は…」
強打したらしい顔をさすりながら起き上がる美尋。未だに俺の腕はつかんでいる。
いい加減、離してくれないと俺もうまく立ち上がれないのだが、多分聞いてくれないだろう。
「痛いよぉ〜…雅人さぁ〜ん」
「……どれ。――――大丈夫だ。怪我はしてないから問題ない」
打ったであろう額には”怪我”は見当たらない。赤くもなっていないし…それ以外の場所に怪我なんてない。
額をゆっくりと擦ってやると、顔を真っ赤して俺を見つめている美尋。面白い反応をする奴だな…。
「えっと…あの、もう大丈夫っ!ありがとう、雅人さん」
「そっか?…まぁ、怪我はなくてよかったな」
「うんっ!それじゃ行こう」
元気よく頷いて俺の腕をつかみ、また走り出す美尋。また、転ぶぞ―――と心の中で思ったがそれは言わなかった。
その調子で、数回同じ事を繰り返して、俺達は目的の場所――遊園地に着いたのだ。
「―――――本日お休み?」
「みたいだな…残念」
入り口には柵が置かれ―――
―本日、緊急点検の為、休園―
そう書かれた紙が一枚、風に揺れていた。
なんの点検かは知らないがとことんついてない奴だ。生まれて始めての遊園地がこれでは可哀相な気もするけどな。
「なっ……なんなのよぉーー!」
「それは俺に言われても知らないぞ。…運が無かっただけだろう」
大暴れして辺りを走り回っている美尋を他所に、俺はポケットから煙草を取り出して火をつける。
紫煙がゆっくりと上に昇っていく様を、のんびりと眺めていると、膨れっ面の美尋が帰ってきた。
「むぅ〜!―――じゃ次行ってみようっ!」
「マジか…?」
呆れて煙草を落としてしまった。これで三件目だぞ?俺は疲れた…いい加減に休まして欲しいものだ。
ここに来る前の2件共、何故かお休み。点検だ…改装だ…って、こういうものは重なるものなのかね…。
「ほらぁ〜っ!早く次行こうっ」
「わかったっ!。分かったから、そんなに引っ張るな」
強引に俺を立たせてから、引っ張って歩いて行く美尋。どうしてそんなに元気なのか…。
いや、元気って言うのもおかしいか――――こいつは疲れを知らないだけだからな…。
「うわぁ〜んっ!なんでなのよぉ〜」
「落ち着け、美尋。うるさいぞ」
その後、数時間かけて遊園地巡りに行ったが何故か全てが休み…。
つくづく、ついてない奴と思いながら慰めるのに、随分な時間を使ってしまった。
気づけば、辺りは薄暗くなっていた。随分と遅い時間になったものだ。
未だに、俺の隣で半べそ状態の美尋。そんなに遊園地に行きたかったのか…。
「もういいだろ…そろそろ――――」
「私は…もっと遊びたいっ!」
言葉を遮るように話し出した美尋。その瞳は、寂しげで言葉が詰まる。
まだ、駄目みたいだ。もう少し時間が必要なのかもしれないな…。
「そうか。…なら、何をして遊ぶ?」
「えっと……うんと―――――」
首を忙しなく動かして辺りを覗っている美尋。何かを探しているようだな…遊ぶものなんてあまりない場所だが…。
ここは、町にある小さな公園。あるのは、ブランコやシーソーなどの子供向けの遊具ばかりだ。
さすがにいい年した奴等が乗るには抵抗がある。俺は激しく遠慮したい気分だ。
「ブランコがいいな。…雅人さんも一緒に行こっ」
「んぁ…俺はいいよ。えっ、ちょ―――――」
俺の言葉など無視して腕を引っ張っていく美尋。なんともパワフルなお嬢さんだ事…。
しかたなく、俺は美尋に連れられてブランコまでやってきた。
「私乗るから、雅人さん押してっ」
「…はいはい。―――――それじゃ、行きますよ。美尋お嬢様」
「うむっ…くるしゅうない」
上機嫌の美尋を乗せたブランコは、ゆっくりと動き出した。前へ…後ろへ…ゆっくりと、でも確実に勢いを増していく。
「きゃぁ〜〜!すごいっ、すごいっ!」
楽しそうにブランコで遊ぶ美尋を見ながら、俺はブランコのそばにある柵に座って考えていた。
俺はこいつを――――しなければいけないのか…。できれば、素直に還したいのだが…。
果たして、こいつが素直に聞いてくれるのか…それが心配だ。
「ねぇねぇ!雅人さん。一緒に遊ぼうよぉ〜」
「んっ…あぁ、分かった」
無邪気に俺を呼ぶ美尋に多少の罪悪感を覚え出していた。いつまでも騙し続ける訳にはいかない。
嘘はいつかバレる―――
* * * * *
あの日、俺は仕事である場所にいた。そこでこいつ―――美尋に出会った。
いや、正確には俺の仕事のターゲットがこいつだったんだ。
「いつまでそこにいる?」
「―――いやっ!こないで!」
泣きながら首を振る女の子。うずくまり、怯えた様子で俺を見上げている。
ここは、とある富豪が住んでいた屋敷。そして、この女の子はその富豪の一人娘。
しかし一ヶ月程前に、この屋敷は放火され、この屋敷にいた全ての人間は死んでしまった。
目の前の女の子もその一人―――つまり、幽霊という訳だ。何故、俺にそれが見えるかというと…
―――俺が特殊だからだ。
「そう言う訳にはいかなんだ…悪いが――――」
「いやっ!こないで……私に乱暴しないでっ!」
かたくなに拒否する女の子に、多少イラついていた俺はどうやって説得するか考えていた。
手荒な真似はしたくないが、応じない場合は仕方ない。そう思い話し掛けた。
「何もしない…俺はお前を助けにきた」
「……ほんとに?」
頬を伝う涙を拭う事なく俺を見据えている女の子。その時俺は、正直困っていた。
依頼者からの内容と事実が違いすぎる事。それ以上に、目の前の女の子が何故か気になっていた。
屋敷の跡地に幽霊らしいものがいて私に危害を加えてくる―――そう聞かされてやってきたが、現実はこうだ。
明らかに、どちらが嘘をついているか分かる。あの男…この土地が目当てだな。
どこか胡散臭い感じの男だった―――確かこの屋敷の主の弟と言っていたか…。
確かに金になりそうな場所だから。屋敷は燃え尽きて跡形もないが、土地だけでもかなりの価値があるだろう。
整地するにしても、こいつがいれば出来ないだろう。それで俺に依頼してきた訳だな…。意地汚い奴だ…。
死んでまだ一ヶ月も経っていないのに、もう遺産がらみの話を始めているのか…。反吐がでそうだ。
「お前はもう死んでいるんだ…いつまでもここにいる事はできないんだぞ」
「知ってる。でも…どこにいけばいいか、分からないの」
どうやら、本人には自覚はあるらしい。しかし、どこに行けばいいか分からないか―――確かに分からないだろうな…。
突発的に死んだ人間は、死を受け入れる準備が出来てない。そのせいで、魂が状況についていけない時がある。
それが、こうやって浮遊霊や地縛霊なんかになってしまう原因なんだけどな…。
「それは俺からは言えない…――――」
「きゃっ!」
強制的に還すしかないだろう。あまり時間をかけてしょうがない。俺も暇ではないのでな…。
右手に力を溜め…振り上げる。光の粒子が俺の腕に絡みつく。それは蛇のように複雑に絡みつき腕を覆い隠す。
右腕には光り輝く紋様が浮かび上がっている。これで送る準備はできた。後は――――
「綺麗…お兄ちゃん、天使さん?」
「……何を言っている?」
俺の腕をじっと眺めながら、訊ねてくる女の子。俺が天使?おかしな事を言う奴だ。
「とっても綺麗だよ…」
「そんな事より…俺は、お前を還す為に、ここに来たんだ」
急に静かになったと思ったら、その瞳には薄っすらと涙を浮かべていた。泣かれても困る…これが俺の仕事だ。
気に食わない依頼者だが、きっちりやらないと金がもらえない。日々の生活も楽じゃないから…。
「…や……」
「んっ…?」
「……やっ!まだ嫌だ…私、やりたい事があるっ!」
泣きながら首を振り、俺にしがみついてきた女の子。見上げる瞳は儚く揺れて怯えていた。
そんな目をされたら何も出来ないじゃないか…。俺もそこまで鬼ではない…一応な。
力を解除して、女の子の瞳を覗き見る。儚げに揺れ動く漆黒の瞳に俺が映り込んでいる…とても綺麗な色をしているな。
澄んだ瞳をしている者は、純真な心を持っている。嘘はつけない…嘘を見破れない。
長年の俺の経験から言わせてもらえばの話だが―――ここは適当に話を合わせるか…。
「なんだ?…言ってみろ」
「……遊び…たいの。私……家から出た事がないから…」
しがみつく手が震えている。身体も小刻みに震えているが、拒否される事が怖いのか…本能で怯えているのか…。
遊びたいか…しかし、こいつは何故こんなにも怯えている?
「家から出た事が…ない?」
「……うん。私は――――家族に嫌われていたから…」
流れ落ちる涙。なるほど…こいつは家族から敬遠されていた訳か…。それなら、これだけ怯えた様子はうなずける。
俺が同じ事をすると思っているんだろう。だが、余程強く残っているのだろうな…死んでまでこんな怯えるとは…。
それなら話は簡単だ。俺が優しくしてやればいい…嘘でもいいから優しくしてやれば俺を信じるだろう。
そして、こいつの未練を断ち切って還せばいい。面倒くさいがそれが一番手っ取り早そうだ。
それには…まずはこいつを連れ出して――――話はそれからだ。
「分かった…連れて行ってやろう」
「……ほんと?私を連れて行ってくれるの?」
俺を見上げる瞳はまだ少し疑っている。だから、俺は優しく微笑んでやった…それが本当であるように…。
嘘だと見破られたら終わりだ。見破られ事はないだろうが、慎重に…それでいて自然に振る廻らなくてはいけない。
嘘も方便…騙すのは簡単だ。これぐらいの年の子はお手のものだ。
「あぁ…好きなところに連れて行ってやる」
「……うんっ!ありがとう、天使さん」
優しく言う俺の言葉を信じきった女の子は嬉しそうに返事をした。これで仕事ができる…面倒くさい事だ。
俺の手を握り立ち上がる女の子を連れて俺は屋敷を後にした。一応、名前を名乗ったが未だに俺を天使だと言う…。
俺の事を天使だと信じきっている…疑う事を知らんのか?それだけ純真という事の裏返しかもしれないが…。
その後、俺は色々な場所に遊びに連れて行った。美尋は本当に楽しそうに遊んでいた。
俺の言う事は素直を聞いてくれた。誉めてやれば嬉しそうに笑っていた。
笑う笑顔はとても可愛かった。そんな感じで俺を信じきっている美尋――――そして今に至る訳だ。
その間、俺は美尋について調べた。調べれば調べるほど、自分のついた嘘が胸を締め付ける思いがした。
ターゲットに同情してしまうと仕事に差し支えるが、こればかりはどうしようもなかった…あまりにも酷い内容だったからだ。
そして、この出来事の本当の黒幕も分かった…。
* * * * *
「早くぅ〜。雅人さん遅いよぉ〜」
「悪かったって…それで俺はどうすればいいんだ?」
ふてくされて、むくれている美尋は、そっぽを向いて拗ねている。その表情は年頃の女の子そのものだ。
この子を還さなければならないかと思うと辛いものがある。しかし、ここは生ある者の世界。
死んだ者はいつまでもこの世界に留まってはいられない。
「ブランコ押してぇ〜」
「―――分かった」
後ろに廻りゆっくりと美尋の背中を押す。小さな背中…それが目の前で大きくなったり、小さくなったり…。
こんな子に…あいつ等は何をしていたんだ。こんないい子に―――虐待を加えるなんて…。
母親の虐待…父親の性的暴行。挙句は、使用人…他の奴等からも―――。
人を疑う事を知らなかった美尋に、大人達はやりたい放題。それでも美尋は我慢していた。
信じていた…いつか、自分を大切にしてくれる事を望んで―――いつか終わるだろうと心の中で唱えながら…。
だが、日増しにエスカレートしていく虐待…暴行…。それが自分の限界を超えた時―――あの出来事が起きた。
誰も信じられなくて、あんな事をしたんだろう…。逃げたかったのだろう…あの苦痛に満ちた世界から。
「ねぇ…雅人さん」
ブランコを漕ぎながら聞こえる美尋の声。少し泣いているように聞こえる。
悲しげに響く声が辛い。
「楽しかったよ。もう…私、満足だよ…」
「……美尋」
「雅人さんと出会って…私、初めて優しくされて……とても嬉しかった」
ブランコは動きを止めていた。俺を見上げる美尋の顔は優しく微笑んでいた。本当に疑う事を知らない奴だ。
俺だって、汚い大人達と同じ仲間なんだぞ?なんで、そんな顔で俺を見られるんだ…やめてくれ。
「初めて…優しくされて……私嬉しくて…いっぱい、甘えて――――」
「美尋…俺は優しくなんかないぞ」
「そんな事ないよ…すっごく優しかったもん」
いつまで俺に微笑を向けていてくれる美尋。その微笑みは辛い…俺はお前に嘘をついんたんだ。
「その優しさは…嘘かも知れないだろ…」
「ううん…雅人さんは嘘をつかないよ。私、信じてるから…優しい雅人さんを―――」
「っ!」
首を横に振り否定する美尋。どうしてそこまで信じられる!俺の事をどうしてそこまで信じられる。
俺は…俺は…お前を騙して連れ出して――――そして、還してお金を貰おうとした最低な男だぞ!
「遊園地は残念だったけど…私、もう行くよ。…だから―――」
ここまで俺を信じてくれている美尋に、返す言葉を見つからない。
「私…どこに行くのかな…やっぱり…」
この子は不幸過ぎる…誰も救ってやれなかったのか。あの家族では無理だろう…あの屋敷には美尋の味方なんていない。
救いはない…これは変えられない運命だ。だが、せめて…少しぐらい救いがあってもいいじゃないか。
「美尋…お前は天国に行く。…だから心配するな」
優しく頭を撫でてやると嬉しそうに目を細めて微笑んでいた。その瞳には涙を溜めて…。
「安心しろ…お前は天国に行ける…」
「そっか…雅人さんが言うなら大丈夫だね」
「美尋…」
「雅人…さん?」
顔をあげて俺を見る美尋。その顔は少し驚いているように見える。
その時、初めて気づいた…自分が泣いている事に…。俺はまた、美尋に嘘をついた。
救われない…本当に、このままでいいのか。だが、俺には変えられない…それが運命だから…。
「美尋…お前は今まで辛い思いや、苦しい思いをしてきた」
「…っ!」
胸を押さえて辛そうな顔をする美尋。変えられないのが真実だ…しかし―――
「でも…お前がこれから行くところは……きっと素晴らしいところだ」
「……雅人さん」
優しく頬を撫でてあげる。びっくりしている美尋…少しずつ顔が赤くなっていく。
「だから…心配するな。俺の保証付きだ」
「うん…ありがとう。雅人さん」
優しく微笑んでいる美尋を見ていて、また涙が出てきた。俺を信じきっている美尋。
俺は、最後までこの子を騙し続けるのか。仕方ない事―――素直に還ってもらう為…そう言い聞かせていたが―――
「そっか…嬉しいなぁ〜…天国ってどんな所だろう…」
「綺麗なところだ……とてもいい所だぞ」
「そうなんだ…雅人さん、天使だもんね」
本当の事は言ったら,美尋はどうするだろう。嘘はつきたくない…。でも、この子を見ていると本当の事は言えない。
美尋の額に手をあてる。力を解放した腕は光を放ち、暖かくなる掌でそっと顔を撫でる。
美尋の頬を涙がまた一つ―――綺麗に流れていく。準備は整った。後は…還すだけだ。
「あぁ…そうだ。だから、詳しいんだ」
「そっか…。それじゃ、先に行って待ってるね…」
「あぁ…また遊んでやるよ」
「約束……だよ」
頬を伝う涙が、痛いほど俺に胸に突き刺さる。また、俺は嘘をついている…最後にとんでもない嘘を…。
この子が今から行くところは…天国なんかじゃない。とても苦痛を伴う場所―――地獄だ。
「雅人さん…優しくしてくれてありがとう」
「…美尋」
優しく微笑む美尋が俺に抱き締めてきた。力強く廻された腕は微かに震えていた。
「ありがとう…雅人さん。それと――――」
ゆっくりと俺から離れていく美尋を光が包み込む。優しく抱き締めるように包み込む光の中で――――
美尋は微笑んでいた。
消えていく美尋を見つめながら、幾筋もの涙が頬をつたって落ちていく。気づいていたんだ…俺の嘘に…。
美尋は、消える間際に俺にこう言った――――「天国の嘘…下手だね」と…。
残酷だ…どうして、美尋がこんな目に会わなくてはならないのか…。本当ならば、美尋は天国に行ける筈だった。
それなのに…地獄へ行く事になったのは――――あの日起きた出来事。
あの屋敷は放火で全焼した。その放火をしたのが美尋だ。ただ、あの苦痛に満ちた日々を終わらせる為に…。
それが例え間違った手段でも、逃れたかったのだろう。
放火をして家族全員とその他の人間を殺した罪で、美尋は裁かれなければならない。
しかし、それを裏で操っていた奴がいた―――美尋の父の弟。つまり、俺の依頼者だ。
美尋をそそのかして…そして彼女の運命すら変えてしまった男。
「この世には…神はいないのか…」
空を見上げ怒りを噛み殺した。流れる涙が俺の―――美尋へのせめてもの弔い。
俺の言う事を信じて、微笑を浮かべていた美尋。あの笑顔は俺を信じ…許していた証。
それを俺は嘘で――――最低な奴だな…俺は…。
救いが無い世界は誰が救う…。救われない魂は誰が導く…。やるせない思いが駆け巡る―――
「――――――……」
俺は携帯を手に電話をかけた。相手は――――依頼者であるあの男。
本当に救われない奴を地獄に落とす為に…
―――――腐った魂を裁き…永久の苦しみを与える。
踵を返し―――俺はその場を後にした…。
「腐った魂には…容赦はしない。―――地獄の底に…叩き落してやる」