負けヒロインが生まれるまで ~ずっと好きだった幼馴染に彼女が出来てしまいました~
作者にとって初めての短編です。
拙作ですが、ご一読いただければ幸いです。
「そうか……そうだったのか」
私は彼の顔を見ることができなかった。
視線は地面に固定されていた。
だが、予想できる。
彼はきっと、申し訳なさそうな顔をしているだろう。迷惑そうな顔ではなく。
「ごめん。かやとは付き合えない」
私の告白に、彼は真剣な表情でそう答えた。
「決して、かやのことが嫌いな訳じゃない。ただこの前伝えた通り、俺にはもう彼女がいるんだ。折角勇気を出してもらったのに、すまない」
そう、彼が頭を下げた瞬間、私の中で何かが壊れる音がした。
こう言われることなんて、初めから分かっていたのに。
「そっか。そうだよね。ごめんね……」
再び眼から涙が溢れ出てきた。十年分の涙が。
さっき、泣き尽くしたばかりのはずなのに……
・・・
私、廣宮かやには、家が隣同士だったことで家族ぐるみの付き合いがあり、幼少の頃からよく遊んでいた男の子がいる。
所謂、幼馴染というやつだ。
幼稚園くらいの頃は、公園で一緒に泥団子を作ったり、鬼ごっこをしたり、秘密基地を造ったり。
来る日も来る日も、いろいろなことをして遊んだ。
朧げな記憶だが、覚えている限りでは楽しかった思い出は沢山あれど、嫌な思い出は一つもない。
小学校に上がっても、彼との付き合い方はそう変わらなかった。
学校では登下校も休み時間も、ずっと一緒にいた。
延々と下らない話や冗談で笑い合っていた。
もしこれが中高の話であれば、確実に仲良しカップルとして囃し立てられていたことだろう。
放課後は、毎日のように公園や互いの家に集まっては笑い合いながら、ゲームをしたりして、日が暮れるまで遊んだ。
彼といる時は、時間が一瞬で過ぎるように感じた。
小学校時代の一番の思い出は彼の家でのお泊りだ。
私が、彼とお泊りしたい、と両親をどうにか説得して実現したのを覚えている。
その時は、一緒にお風呂にも入った。
もう高学年だったから胸も膨らみかけていて、少し恥ずかしかったけど、それ以上に楽しかった。
彼が見せてくれた白髪パーマぞうさんは、今でもそれを思い出しては、一人笑ってしまっている。
風呂の後は夕食をとった。自分の家では夕食の後に風呂の順なので、少し戸惑った。
エビのてんぷらを鼻に当てて天狗の物まねをする彼の渾身のギャグに大笑いしたのもいい思い出だ。因みに、彼はその後、おばさんに食べ物で遊ぶんじゃないと怒られていた。
夜も更け、就寝の時間になった。
私と彼は、彼の部屋で二人っきりで寝ることになった。
これも、私が無理を言って実現したことだ。
その時は、それはもう緊張して、全然寝付けなかったのをよく覚えている。
彼の可愛らしいいびきは、心臓の音でほとんど聞えなかった。
思い返せば、この頃にはもう、彼のことが好きになっていたのだろう。まだ自覚はなかったが。
中学に入ると、遊ぶ頻度が急減した。
お互い、部活で忙しくなったからだ。
それでも、部活のない日は互いの家に集まってゲームをしたり、アニメを見たりした。テスト前になると、一緒に勉強をしたりすることもあった。
流石にこの頃には、一緒に風呂に入ることはなかった。
学校でもそれなりに話したが、彼にも私にも同性の友達が多くできたため、小学校の頃の様にずっと一緒にいるわけではなかった。単に一緒にいるとカップルだ何だと周りに言われて面倒だったからというのも一因だ。
一度だけ、彼の所属するバスケ部の大会の応援に行ったことがある。
彼はエースで、その時も大活躍だった。確か、彼は大会最多得点で、チームも優勝したんじゃなかったっけな。
黙々と点を決め続ける彼の姿が、いつものおちゃらけた姿とのギャップで、一段とカッコよく見えたのをよく覚えている。
そんな日々もあっという間に過ぎていき、気付けば中三。受験シーズンが到来した。
彼の志望校は地域で一番の進学校だった。
当然だ。彼はテストでは毎回九十点近くとるし、成績だってほとんどが五だ。
対して私は平凡もいいところ。
決して悪くはないのだが、決して良くもない。とてもじゃないが、彼と同じ高校に行けるほどの学力は持ち合わせてはいなかった。
だが、私はどうしても彼と同じ高校に行きたかった。理由は……言わなくてもわかるだろう。
そのため、私は猛勉強を開始した。
塾に通い、大好きなゲームやアニメを封印し、日夜机に向かった。
多い時には、一日十時間以上勉強することもあった。
彼に勉強を教えてもらうこともあった。彼は私と比べ物にならないくらい聡くて、私が質問をすれば、全てわかりやすく丁寧に教えてくれた。私が彼に教えることは……残念ながらほとんどなかった。
そんな勉強に明け暮れる日々は彼といる時を除いて、とても辛く苦しいものであったが、彼と同じ高校に行くという目標があったおかげで、頑張ることができた。
そして迎えた合格発表の日。
結果は合格だった。
今までの人生で、一番嬉しかった。合格を知った瞬間、その場に泣き崩れるくらいには嬉しかった。
流石の私でも、この頃には自分が彼のことを好きなのは気付いていた。
高校に入学して暫くが経った。
彼と遊ぶ頻度は更に減少した。大体、月に一度くらいまで。
彼が部活で忙しかったことや、クラスが離れたことも一因ではある。
だが、一番の理由はあの女の存在だ。
バスケ部マネージャーの東田栄美。
東田は、彼の所属するバスケ部のマネージャーだから、必然的に彼と顔を合わせる時間が長い。
それだけなら別に構わないのだが、どうやら東田は、彼に惚れたらしい。
確かに、彼に惚れるのは理解できる。
だって彼、カッコいいもん。
スポーツ万能で頭もよくて面白くて優しくてイケメンで。
絵に描いたようなモテ男なんだもん。
実際、今まで彼に惚れた女は数多いる。
陰で彼のことをカッコいいだの、好きだの言ってる女は数多く見てきた。
だが、みんな私の存在を気にして、彼と親密になることはなかった。
だが、東田は惚れるだけには留まらなかった。
東田は彼と連絡先を交換し、隙があれば彼に話しかけ、私を差し置いて登下校を共にすることもあった。
更には、東田のSNSのストーリーを見て判明したのだが、彼と二人で映画館デートに行ったこともあるらしい。
二人で、だ。おかしいだろう。こんなのただの友達なわけがない……と思う。
それに、東田が彼と一緒に遊びに行ったりするせいで、私が彼と遊ぶ時間が減ったのだ。
許せない。
私は彼の部活が休みの日に、ファミレスに誘ってこの件を問い質した。
「ねぇ、この東田栄美って人とはどんな関係なの?」
彼にスマホで東田の写真を見せながら問う。
すると彼は小さく笑って言った。
「この人はバスケ部のマネージャーで、ただの友達だよ」
ただの友達と聞いてほっとしたのも束の間、彼は衝撃の事実を私に告げる。
「最近は二人で映画館とかカラオケに行ったな。俺、彼女とはバスケのことでいろいろ話して、どうにも馬が合うみたいなんだよね」
——映画館……
——カラオケ……
映画館の方は、SNSで見たから知っている。
だが、カラオケ……? 東田は私の知らないところで、彼とカラオケにも行っていたのか。
胸の中でふつふつと燃え上がる怒りを抑え込みながら、私は質問を続ける。
「でも、ただの友達なんだよね?」
「あぁ、勿論。友達以外の何物でもないさ。もしあれだったら、栄美のこと、りかにも紹介しようか?」
は? 今、彼、東田の名前を下の名前で呼ばなかった?
いやいや、友達同士で下の名前で呼び合うのは普通か。
私はそう自分に言い聞かせてどうにか怒りを鎮める。
「いや、それは大丈夫」
「そうか。栄美は優しいし、かやとも仲良くなれると思うけどな」
彼はいつものように小さく笑った。
その顔を東田にも見せてるのかなと考えると、どうにもいい気分にはなれなかった。
翌日。
私は昇降口付近の物陰に隠れて、バスケ部の部活が終わるのを待った。
部活終わりの彼を、こっそり尾行するためだ。
正確に言えば、彼と恐らく一緒に帰るであろう東田の尾行だ。
なぜ、そんなことをするのか。
理由は一つ。彼と、東田の関係が本当にただの友達なのかを確認するためだ。
ただの友達であれば、それでいい。だが違ったら……
本来であれば、彼がただの友達だと言った以上、それを信じるべきなのだろう。
だが、私にはそれができなかった。
空に夕焼けが浮かぶ時間、バスケ部の部活が終わり、彼と栄美が昇降口から出てきた。
私はそれを確認するや否や、物陰から出て彼と東田の尾行を開始した。
電柱や塀に隠れながら、バレないように会話を盗み聞く。
『今日もカッコよかったよ!』
『そうか? まぁ俺はいつだってカッコいいからな』
『なにそれ~ 自意識過剰すぎ~』
『ところで、明後日オフなんだけどさ、一緒にまた映画いかない? 見たい映画があるんだ』
『マジで! 私もその日暇だから行こ~!』
『あぁ。だが、ちょっと怖い映画だけど大丈夫か?』
『へーきへーき。もし怖くても、助けてくれるでしょ?』
『お化け屋敷じゃないんだからさ。まぁ大丈夫ならいいけど、無理はすんなよ』
『わかってるって』
その後も同じような会話が続き、やがて二人は解散して、それぞれの家に帰った。
今のところはただの友達のようにも思える。
東田の方は、百パーセント彼に好意を抱いている感じがするが、反対に彼の方は東田のことは友達だと思っているようだった。
休みの日、男女二人で一緒に映画を見に行くくらいなら、友達でもありえるのだろう。多分。
それに、東田は何度か不自然に手をぶらぶらさせて彼にボディータッチを試みていたが、彼は手を握り返したりもせず、気付かないフリを決め込んでいた。
私はひとまずほっとして、家路についた。
事件はそれから一か月ほど経って起こった。
その日、私は彼の家で、彼と一緒にゲームをして遊んでいた。
内心、私は舞い上がっていた。
彼と私の予定が合う日が少なく、そもそも久しぶりに遊ぶということもあったが、一番の理由は彼の家に上がること自体が数か月ぶりのことであったからだ。
最近は、会うにしてもファミレスや公園のことが多かった。
久しぶりに嗅ぐ彼の家に匂いは、いい意味で男の子の匂いだった。これを言うと変態だと思われてしまうかもしれないが、正直、ずっと嗅いでいたい。
「かや、この数か月の間にゲームめちゃくちゃ上手くなったな」
「えへへ、それほどでもないよ。まぁ、受験終わってからまたハマっちゃって、めっちゃやってるからね」
半分は嘘で、半分は本当だ。
具体的に言えば、ハマっているのは嘘で、ゲームを沢山やっているのは本当。後者の理由は、彼とまたゲームをしたときにいいところを見せたかったからだ。
今のところはきっちり成果が出ているようでよかった。
「話変わるけどさ、なんで受験の時、俺と同じ学校に行くことにしたんだ? 偏差値だって、当時のかやよりも十五くらい高かったのに」
「まぁ、アンタよりも偏差値が低い学校に行くのは何か癪だったからね」
「そうか。まぁ、なんだかかやらしいな。めっちゃ勉強しただろ?」
「いや別に。塾には通ったけど、家ではほとんど勉強しなかったよ」
全て嘘だ。
同じ学校に行くことにしたのは彼と同じ学校に行きたかったからだし、家でも沢山勉強した。
あ、でも塾に通ったのは本当か。
「すげぇな。かやは」
彼は私と違って、基本的に人を疑うことがない。
そんな純粋な心を持っているところも、彼の好きなところだ。
「こうして二人きりいると、昔を思い出すぜ。俺ら毎日一緒に遊んでたもんな」
「えぇ、そうね……」
そうだ。幼稚園や小学校の頃は毎日一緒に遊んでいた。中学校の時だって、週に一度は遊んでいた。
だが今は月一だ。
私は今でも出来ることなら当時のように、また毎日一緒に遊びたいと思っている。
だが、現実的に考えて、それは叶わぬ夢だろう。私は高校に入ってから帰宅部だから暇だが、一方彼は部活などで多忙を極めているのだから。
「幼稚園の頃、かや、帰りのバスの中でお漏らしして、めっちゃ泣いてたことあったよな」
「そういえばそんなこともあったね」
「その時のかや、恥ずかしかったのか知らんけど、俺に泣きついてきてさ、俺の服までびちょびちょになって……」
「もう、やめてよ」
「冗談だって」
彼がそんな昔のことを覚えているなんて驚きだ。私なんか言われるまで忘れていたのに。
それに……何故だろうか。彼が笑っていると、私までつられて笑ってしまう。こんなに情けなくて恥ずかしい話なのに。
「あっ」
ゲーム画面にGAME OVERの文字が表示された。
会話に集中していたせいで、ゲーム画面を全然見ていなかった。
「あらま。まぁ、しゃーない。そろそろ晩飯の時間だな。ウチで食ってくだろ。行こうぜ」
「うん。分かった」
場所は変わって玄関先。
もう辺りはすっかり暗くなってしまった。
やっぱり、彼といると時間が過ぎるのが速く感じる。絶対に気のせいではない……と思う。
「久しぶりにかやと遊べて、今日は楽しかった」
「うん。私もめちゃくちゃ楽しかった」
本当は泊っていきたいところだが、流石に高校生の男女が同じ屋根の下で一夜を過ごすのはいろいろとまずいし、親も許可してくれないだろう。
「次予定が合うのはいつになるかわからないけど、また遊ぼうな」
「うん。また遊ぼう。ばいばい」
————その次が、なるべく早く訪れればいいな。
そんなことを思いながら、私は小さく手を振って彼に背を向けた。
その時だった。
「言い忘れてたんけどさ、俺、彼女できたんだよね」
聞き間違いかと思った。
私は足を止め、彼の方に振り返った。
「ねぇ、今なんて言った?」
「だから、俺、彼女できたって」
聞き間違いじゃなかった。
聞き間違いであってほしかった。
脳裏にあの女の名前が浮かぶ。
「それって、もしかして東田……さん?」
「おぉ、よくわかったな。一週間くらい前に下校中告られちゃって、付き合うことになったんだ」
動揺。困惑。怒り。悲しみ。
にやにやと笑う彼に対して、いろいろな感情が全身を掛け巡った。
「そっか」
私は絞り出すようにそう答え、自宅に帰った。
私は自分の部屋のベッドに倒れ込んだ。
「なんで……」
気付けばぽろぽろと涙が溢れ出てきていた。
「ただの友達だって言ってたじゃん」
困惑の次に来るのは怒り。
あの時、確かに彼は東田のことをただの友達だと言った。
彼をつけていたときも、彼は東田のことをただの友達のように見ていたと思う。
「なんで……」
恐らく、その後の一月弱で急激に関係が進んだのだろう。
私の見ていないところで。
「なんで、私じゃなくてあの女なの……」
私と彼は十年以上の付き合いだ。
だが東田はまだ彼と出会ってから一年も経っていないはず。
私はその夜、声が枯れるまで泣き続けた。
私はその後、彼と連絡を取らないようにした。
彼のことをもう忘れたかったからだ。
だが、布団を被れば、どうしても思い出してしまう。彼とバカなことで笑い合った日々を。
あんなに楽しく過ごした日々を。
忘れることなんてできなかった。
そして、私は考えた。
一人びしょびしょに濡れたベッドの上で考えてしまった。
どうやって東田から、彼を奪うことを。
どうすれば東田と彼を、別れさせることができるのかを。
私は一つの作戦を練った。
まず、この前と同様に部活帰りの彼と東田を尾行する。
そして、周囲に人がいない頃合いを見計らって、刃物を持った私が物陰から突然飛び出して、彼の首に刃物を突き付ける。全身黒服で変装するから、部活帰りのくらい時間なことも相まって正体がバレることはないだろう。
それと、無論刃物は偽物だ。百均の引っ込むやつを使おうと思っている。
何故そんなことをするのか。
彼が東田のことを好きじゃなくさせるためだ。
彼が黒服の人物に刃物を突き付けられれば、東田はきっと彼をおいてその場から逃走するだろう。
そんな東田の姿に彼は幻滅。
最後に、私は何事もなかったかのようにその場から立ち去る。
後日、東田は彼に振られる。
我ながら、完璧な作戦であると思う。
強いて懸念点があるとすれば、東田が警察を呼ぶくらいだが……まぁ私がいるのに彼を奪うような女がそんなことするわけがないだろう。多分。知らんけど。
私は早速、この完璧な作戦の準備を開始した。
結論から言おう。
作戦は失敗した。
失敗も失敗。大失敗だ。
彼に刃物を突き立てるところまでは上手くいった。
だが、その後がダメだった。
何がダメだったのか。
東田が逃げなかったのだ。
目の前で黒服の人物に刃物を突き立てられている彼を見て、東田は逃げ出すことなく、彼を助けようと黒服の人物に声を掛け続けたのだ。
彼を離せ、とか、刃物を下ろせ、とかそんな具合に。
剰え、私を彼の代わりにしてとまで言った。
その姿に、私は諦めて逃亡した。
もう、無理だと思った。
私は逃げ帰った先の自室のベッドで、絶望感に打ちひしがれていた。
作戦は大失敗に終わった。
むしろ、彼の中での東田の好感度を上げてしまう結果となってしまった。
私には、彼と東田を別れさせることはできないと思った。
「——あの場面でなんで逃げ出さないんだよ……普通は逃げ出すだろ。普通は彼をおいて、尻もちつきながら、私だけでも助けてぇとか言いながら逃げ出すだろ。ふざけんなよ……」
私は布団を顔に擦りつけながら、その夜もずっと泣き続けた。
————私がもし、告白しておけば…………
あの作戦から数日間、私は後悔し続けていた。
————彼を好きだと自覚した後、直ぐに告白しておけば…………
たらればでしかない。
過去のことをいくら悔やんでも、仕方のないことなんて理解している。
————ファミレスで彼に東田との関係を問い詰めた時、無理やりにでも告白しておけば…………
もし、彼が東田と付き合う前にこの想いを伝えていれば、今頃彼と交際しているのは東田ではなく、私なのかもしれない。
そう思うと、後悔しないではいられない。
告白をしなかった理由は、いろいろある。
単に勇気が出なかったというのも理由の一つだ。
他には、彼から告白されるのを待っていた、というのもある。
いつか彼が王子様として、お姫様役の私に告白をしてくれるんじゃないか、という幻想を心の奥底で抱いていたのだ。私だって、年頃の女の子なのだから。
まぁ、全部言い訳でしかない。
告白するタイミングなんていくらでもあったのだから。
今となってはもう遅い。
「あぁ、私はこれからどうやって生きていけばいいんだろう」
私はこれまで、彼と一緒に生きてきたと言っても過言ではない。
ずっと一緒にいた幼稚園や小学校時代は勿論、中学時代は志望校を彼に合わせて彼と同じ高校に通うため死ぬ気で努力をしたんだし、高校に入ってからも毎日彼のことを考え想い続けていた。
今更、彼無しで私はどう生きていけばいいのか。
そんな質問の答えとして帰ってくるのは、冷酷な静寂のみ。
私が知りたい答えなど、いくら待っても帰ってくることがない。
そりゃあそうだ。今私がいるのは私一人しかいない自室だし、問いかけている相手だって、自分だ。
「散歩でもするか」
窓の外には暗闇が広がっている。
もうとっくに日が落ちていて、時間にして九時を回っている。
普段は基本的にこんな時間には出歩いたりはしない。
でも、今日だけは、なぜか無性に夜風を浴びたくなった。
私が向かったのは近所の公園だ。
昔、彼と一緒によく遊んだ公園。
そんなに広くはないが、滑り台やブランコ、砂場など公園にありがちなものは大体揃っている。
私は公園の端っこのベンチに腰をかけ、ため息をついた。
公園に来るまでにコンビニで買ったアイスを頬張る。なんで買ったのかは覚えていない。
「……寒い」
当たり前だ。
今の季節は秋。冬ほどではないが、夜になればそれなりに冷え込む。
そんな中、軽装でキンキンに冷えたアイスを食っているのだからそりゃあ寒いに決まっている。
バカなのか私は。
……いや、バカなんだろうな。きっと。
「なにしてんだこんな時間に?」
突然、背後から声を掛けられた。
その声は、とても聴き馴染みがあって、安心感の感じる声だった。
振り返った先に居たのは、彼だった。
彼は暖かそうなコートを着ていて、首にはマフラーを装備していた。
「こっちこそ……なんでこんな時間に……?」
なんで彼がここにいるのか。
いや、どうせ東田とのデートの帰りに立ち寄ったとかだろう。クソが。
「俺は親に頼まれたお使いの帰りで……てかかや、よくこんなに寒い中そんな恰好でいられるなっ……て、その上アイスまで食ってんのか。凍えるぞ」
彼はそう言って、自分の羽織っていたコートと首に巻いていたマフラーを私に差し出した。
「なんで……」
「なんでって……風邪引くだろ。それで体を暖めろ。あと、アイスは没収な」
彼は私の手からアイスを取り上げ、静かに私の隣に座った。
「何してたんだよこんな時間に」
彼は口を大きく開けて、私から没収したアイスを全て放り込む。
これって、間接キスということになるのだろうか。
「……ちょっと夜風を浴びたくなって」
「そんなキャラじゃないだろ。何かあったのか?」
彼は優しく問いかけてきた。
私は渡されたコートとマフラーを抱きしめながら答える。
「別に……ちょっと辛いことがあって……でも、アンタには関係ない」
嘘だ。関係しかない。
「そうか。俺でよかったら話聞くぞ」
「大丈夫」
「じゃあ、おばさんとか、あ、俺のお袋とかと話すか? かや、仲良かったよな。今なら電話繋がるし」
「必要ない」
「そうか、じゃあ先生とか……あ、でも番号知らない。じゃあ、俺のバスケ部の先輩なんだけど、相談聞くのめっちゃ上手い人いてさ、俺も度々相談してるし今なら電話繋がるから……」
なんで彼は私のためにそこまでしてくれようとしているのか。
私には理解ができない。こんなバカな女放っておいて、愛する彼女とラブラブ通話でもすればいいのに。
「それか、あんま会ったことないかもしれないけど俺の親父とかは……見た目は怖いけど、結構優しいし……」
「必要ないって言ってるでしょ!」
私はつい、声を荒げてしまった。
急にコートとマフラーをおいて立ち上がり声を荒げた私の顔を、彼は目を丸くして見つめる。
なんで私はいつもこうなんだろう。
彼は私のためにと思って言ってくれてるのに、私はこんな言い方して……。だから東田に彼を取らるんだよ。
彼は優しい。優しすぎる。そんな優しい彼に……私じゃ釣り合わない。
彼が東田と付き合うもの、仕方がない。
「そうか……しつこくて悪い。もしかして、最近連絡返してくれないのもそのせいか? もしかして俺のせいじゃ……」
「アンタのせいじゃない」
「なら誰のせいだ? 教えてくれ。俺、そいつと話してくる」
「誰のせいでもない。強いて言うなら、私のせい。私の……」
その瞬間、私の眼は決壊した。
突然泣き出す私に、彼は戸惑いながらもベンチから立ち上がって私を心配そうに見つめる。
「おい、大丈夫かよ」
私は彼を無言で抱きしめた。
力いっぱい、まるで今までできなかった分を全てやり切るように。
彼には愛する彼女がいる。こんなことしちゃダメだってわかっている。
でも、身体が動いてしまった。
きっと付き飛ばされるだろう。
私はそう思っていたが、彼はそうしなかった。
なんと、彼は無言で私を抱きしめ返してくれた。
その事実に、私は流涕した。
涙が止まらなくなった。涙で彼の服を濡らしてしまったが、そんなことお構いなしに涙は流れ続けた。
「ダメだよこんなことしちゃ。彼女できたんでしょ」
「そんなことわかってる。でもこんな状態のかやを放っておくわけにはいかない」
やっぱり彼は優しい。
彼といると、ますます彼のことが好きになってしまう。
本当は、忘れないといけないのに。
その後、私は彼の大きな体を堪能し尽くした。
間違いなく、人生で一番幸せな時間だった。
小一時間程経っただろうか。
涙が出尽くしたところで、私は彼から離れた。
「もう大丈夫なのか」
心配そうに私を見る彼に、私は精一杯の笑顔で答える。
「えぇ。お陰さまで」
「そうか、ならよかった」
本当はもうちょっと抱き着いていたかったが、それは流石に彼に迷惑すぎる。
尤も、既に沢山迷惑を掛けてしまっているのだが。
「ねぇ、私……」
「なんだ?」
私は彼に向き直った。
彼は私が真面目な話をしようとしているのを察してか、真剣な表情をして頷く。
私は姿勢を正し、視線を彼の眼に合わせる。
「私、小さい頃からずっと、敬斗のことが好きでした」
今更、告白なんて遅いすぎることなど分かっている。
でも、想いを伝えずにはいられなかった。
そして、冒頭の話。
「そうか……そうだったのか」
私は敬斗の顔を見ることができなかった。
視線は降下し、地面に固定されていた。
だが、予想できる。
敬斗はきっと、申し訳なさそうな顔をしているだろう。迷惑そうな顔ではなく。
「ごめん。かやとは付き合えない」
私の告白に、敬斗は真剣な表情でそう答えた。
「決して、かやのことが嫌いな訳じゃない。ただこの前伝えた通り、俺にはもう彼女がいるんだ。折角勇気を出してもらったのに、すまない」
そう、敬斗が頭を下げた瞬間、私の中で何かが壊れる音がした。
こう言われることなんて、初めから分かっていたのに。
「そっか。そうだよね。ごめんね……」
再び眼から涙が溢れ出てきた。十年分の涙が。
さっき、泣き尽くしたばかりのはずなのに……
そんな私を、敬斗は再び抱きしめてくれた。
泣き腫らして眼が赤くなった私を、敬斗は家まで送ってくれた。
時刻はもう十一時を回っている。警察に見つかれば補導されてしまう時間なのにも関わらず、敬斗は私に付き合ってくれた。
敬斗は優しい。優しすぎる。
私はいつものように自室のベッドに向かい、腰を掛ける。
でも心境は、不思議とすっきりしたものだった。
なぜだろうか。敬斗にこっぴどくフラれたからだろうか。
なんにせよ、昨日の晩と比べると、明らかに気持ちが違った。
今日のことで、私は敬斗について完全に諦めがついた。
勿論、敬斗のことが嫌いになったわけじゃない。むしろ更に好きになった。
何年も想い続けた人を諦めるのは苦しい。
だが、時にはそうしなければいけないのだろう。
きっとそういう運命だったのだ。
ラブコメに例えれば、敬斗は主人公で、東田がメインヒロイン。そして私が、負けヒロインだったのだ。
最後まで読んでくれてありがとうございました。
気が向けばまた短編の執筆を行うので、もしよろしければ応援よろしくお願いします。
レビューや感想をいただければ、めちゃくちゃ嬉しいです。
では




