9話 顕現
●●●祭は、滞りなく始まり、巫女が籠を持って、神社の中へと消えていく。
「終わってしまった……」
特に得ることもなく神事は終わり、白瀬はため息をつく。闇は深まっていき、片づけを終えた村人たちが帰っていく。
行事を執り行った宮部とは、お互いに会釈をしただけだった。それが限界だった。
白瀬は、ため息をつき、神社のベンチに座る。ペットボトルをあおり、水を貪り飲む。もう、何を食べても味が奇妙に感じるので、味のあるものを口にはしなかった。
肩を落とし、浩二の家に向かう。一応、浩二に電話を掛けるが、電話はかからない。
家に着くと明かりが落ちていた。もう仕事から帰って来ても良い時間なはずだ。ライトで扉を照らし、合鍵を入れようとする。しかし、扉が半開きになっている。
「え……」
ノブを手に取ると、あっさりと扉が開いた。
きぃ、と音をたて、ドアが開く。家は、暗い胎を晒す。先ほどまでとは違う雰囲気に、白瀬は何か嫌なことが起きたことを悟る。
「浩二さん!」
そう言って、足元をライトで照らすと、靴が、ぐちゃぐちゃになっていた。まるで子供が脱ぎ捨てていったかのように、左右がバラバラに置いてある。慌てて出ていったにしては、あまりにも乱暴すぎる。
何かあったのか―
白瀬の脳裏に嫌な直感が走る。息を吸い込み、明りのスイッチを探る。明かりをつけると、オレンジがかった灯りが付き、廊下を照らす。入ってすぐの階段から飲み込まれそうな闇が覗いている。
片手でスマートフォンを操作し、浩二を呼び出す。ぽんぽんぽん、と明るい呼び出し音が鳴る。
居間の奥で、蒼白い光が点滅している。微かに笑い声と、軽快なBGMが聞こえる。
誰も居ない部屋で、テレビの中の芸人が爆笑していた。電気をつけ、テレビを消す。すると、二階でスマートフォンが鳴っているのが聞こえる。
白瀬はダメもとで、
「浩二さん! いないのですか!」
声を上げ、ライトを付ける。しかし、返答はない。
みし、ぎぃ、と階段が軋む。
外気が閉ざされているせいか、空気が濁っていた。それに、余りにも静かすぎた。自分の呼吸が大きく聞こえる。
浩二の書斎に着き、ドアを開ける。すると、何かにドアが引っ掛かり、開かない。妙に重みのある何かが引っ掛かっていた。
ぐっぐっ、と押すと、枯れ葉が腐ったような、嫌な臭いがした。
意を決し、ドアを開ける。浩二のスマートフォンが部屋の中央で光っている。少し体勢を崩しながら、ライトのスイッチに手を伸ばす。そして、押そうとした時だった。
生温かい臭気と共に、おぎゃあ、と赤子の鳴声がした。耳元で囁かれたかのようなハッキリと輪郭を持った声。全身が鳥肌立ち、冷たい汗が脇を伝う。内臓の奥が痙攣する。
猫の鳴くような、甲高い囁き声が、また耳元で聞こえる。鳴くような、滔々とお喋りを続けるような異様な声。どたどた、と何が駆け寄って来て、足元に「それ」が触れる。子供のような、小動物のような、生暖かい感触。
白瀬は、その場で動けなくなる。自分の浅い呼吸だけが聞こえた。ぬるい風が、べっとりと衣服と肌を密着させる。
心臓が破裂しそうなほどに、鼓動する。呼吸を小さくしようとして、逆に過呼吸になりかける。
ぶーぶーっ、と青白い光を発しながら、浩二のスマートフォンが震える。
早く止めなきゃ―そう思いつつも、指は、ライトのスイッチに置かれたままだ。このまま灯りが点灯すれば「それ」の姿を目の当たりにしてしまう。
涙が頬を伝い、息が漏れそうになる。しかし、同じ体勢のまま居るのは無理だった。指がスイッチを押し、部屋に明かりが灯ってしまう。
白瀬は、息を飲む。土が部屋にまき散らされ、床を汚していた。部屋の中心には、庭にあった木が置かれ、周りに土が盛られている。
白瀬は絶叫し、階段から転がり落ちた。額が切れたのも構わず、走り続ける。
タクシーが捕まったのは、走り出して一時間も経ってからだった。
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