8話 オゴクカゴ
祭りに参加できることになった、と船見に伝える。
電話の奥で、船見がため息をつき、
『そうか……だが、これで症状が改善しなければ、病院に連れていくからな』
「分かってるよ」
気が済むまでやればいいさ、と船見はため息をつき、
『そう言えば……俺も地元の話で気になることを一つ思い出したよ』
「なに?」
『中学校の頃、深夜に街を探検していたことがあったんだけどさ……その時に、なんか服装が幼いおばあちゃんと会ったことがあるんよね』
「それがこの話に関係が?」
船見は笑い、
『ないと思う。でも、そのおばあちゃん、俺がいることに気づくと、時が止まったみたいに動かなくなって、光が消えた眼っていうのかな、そういう目でこっちを見ていた』
「何それ、こわ」
『でも、その人の手元を見ると、震えていたから、多分、あっちも怖かったんだと思うよ。ま、なんも参考にならなかったな』
「いや、ありがとう」
『じゃ、気を付けて行けよ。無理はするなよ』
電話を切り、大きく息を吐く。
祭りまで2時間、心臓の鼓動が止まらない。
今まで集めた情報は多くない。
写真の男は、忠人と言い、父の兄にあたる人物だそうだ。高校卒業してすぐ、家を出て、今はどこに居るか分からないらしい。
何でも良い、手掛かりが欲しい。ふと、何かに参考になるかもしれないと思い、オカルト掲示板やYouTubeを見直す。先日、興味深い話を見つけたのだ。
それは「オゴクカゴ」と言う呪具の話だ。そのれは、人の臓物や身体の一部を、籠に入れることで強力な呪いを発するという。オゴクとは、御々供(神にささげる米など)を指すと考えられる。
神が蘇り、呪いを撒いた理由、それは儀式の手順を変えたから―と言う船見の考えは、この「オゴクカゴ」の話で補強されるのではないか。
「オゴクカゴ」が創作だとして、そこには史実が混じっている可能性がある。脚色が加えられていたとしても、もし仮に「オゴクカゴ」なる物が事実から発展したとしたら、事実はどのような形だったのだろうか。
とある文献によれば、神に捧げられる巫女は、神への食物としての意味を持つと考えられる。それは、食事としてだけでなく、性的な意味でも。
●●●祭では、神饌(神に捧げる食物)を籠に詰める。もしかすると、「オゴクカゴ」と何らかのつながりがあるのかもしれない。
白瀬は頭を捻る―小さな違和感があった。●●●祭では、神に捧げる巫女は、未婚の者に限るという決まりがある。ならば、傷物にならないようにするべきではないのだろうか。それを傷つけ、眼球を抉り出し、内臓を引きずり出すような真似をするだろうか?
白瀬は集めた資料をめくる。●●●祭の資料によれば、山の神とされていたのは、男神であったとされる。だが、これには諸説あり、狒々(ひひ)や巨大な犬の怪物であったという記録もある。
とはいえ、それが分かっても、点と点は繋がらなかった。病人のような、深いため息をつく。
狭い籠の中に閉じ込められ、一生を過ごす巫女―そんなイメージが脳裏に浮かぶ。ふと、ピースが繋がる。
人身御供としての巫女、神託を受けるシャーマンとしての巫女。そのイメージが複雑に絡んでいく。
籠と言う言葉には、外に出られない状況と言う意味もある。山の特定の場所から動くことを禁じられた巫女を、籠になぞらえた?
「分からん……」
白瀬は大きく仰け反り、ベッドに寝ころぶ。何かが繋がるようで、繋がらない。やはり、実際の神事を見てみるまでは分からない。
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