4話 閉ざされた村
「緑に囲まれた」と言えば聞こえはいいが、山に囲まれ、水田が広がっているだけの場所、それがK市だ。その中で家々がぽつりぽつり、と立っている。土地は広いはずなのに、狭く見える―それは、田舎特有の狭い人間関係のネットワークを表しているようでもあった。
唯一の駅は無人駅で、その看板は錆びていた。コンビニエンスストアは一軒あるのみで、あとは寂れた酒屋があるだけだ。ここが、父が死ぬまですがり続けた村。そして、私が逃げだした場所。それともう一度、対峙する時が来たのだ。
船見と別れ、家路につくと、様々なことが思い出された。かつては豪農と言われた白瀬家、その一族は長年、名士として扱われてきた。しかし、父の頃は落ちぶれ、その影すらなかった。しかし、父はその権威や名声を忘れられていないように見えた。
家 の没落、いもち病の発生と、大きな被害。父は、それによって心身を病んだのだろうか?
いや、違う。あの電話は、本当に何かおかしなものが見えていたに違いない。今の私と同じように。
家に着き、鍵を開ける。微かにカビの臭いがした。床が妙に軋み、音をたてた。
自室はほとんど変わっていなかった。まるで昨日までここにいたような錯覚。だが、どこか現実ではない妙な感覚がした。
家に入ると、入口のすぐ近くに座椅子が置かれている。他にも段ボールに入れられた雑貨類。
ここは分家の物置のようになっているようだった。なるほど、叔父が部屋を貸すと言ってきたのも頷けた。
父の書斎に行き、それらしき書類がないか探す。埃が凄いので、マスクをつけ、手袋をし、記録を探る。すると、物置の中に何冊かのファイルが仕舞われていた。パラパラとめくる。目当ては●●●祭の資料だ。
父の発狂、いもち病の予測、神の復活を示唆するツイート―それらは、この村で古くから行われている神事である●●●祭(特定を避けるため、伏字)と何か関りがある気がしてならなかった。
白瀬は、かつては気味が悪いと手伝いもしなかった。一応、白瀬家の家系は●●●祭の主催に近い役割を与えられていたというが、白瀬は参加したことはない。
白瀬が●●●祭を嫌っていたのは、もの元となったのが人身御供の儀式だったという事実を知っていたのと、参加者たちの陰湿な空気が嫌だったからだ。
一時間近く資料を探し続けるも、あるのは父の会社の社報や新聞ばかり。
そう言えば、仕事ばかりの父だった。古い社報をめくり、ため息をつく。農業革命! スーパー土壌の誕生?
父は、農業関連の企業に勤め、主任職を得るまでになった。だが、それでは満足できないようだった。
社報を見て、初めて、農業生産用の土壌の研究や開発を行う部門に居たことが分かる。
今更知って、何になる―そう思い、●●●祭の資料を探す。
父の集めた資料の中の一つに、古いコピー用紙を束ねたものが入っていた。そこには、●●●祭の歴史が書かれていた。
●●●祭は、記録によれば、十五世紀から行われてきたとされる。一説によれば、山の神が怒り、飢饉を起こしている、と考えた村人が、娘を山へ差し出したのが始まりだと言われている。その名残か、現在でも未婚の女性でないと参加は許されていない。
白瀬は、腹を押える。何かが山の神を怒らせ、そして、その呪いが父や私の身に降り注いだというのか。昔の白瀬なら、鼻で笑っただろうが、今ではそうもいかなかった。
●●●祭に目をつけたのは、勘だけが理由ではない。とある文献によれば、●●●祭の巫女は、草木の声を聞くことができた。つまり、船見のいう「神託」を受けることができたのだ。
嘘か誠かは分からないが、巫女たちは、不作を予想し、飢饉を防ぐ役割を果たしていた(諸説あり)。つまり、巫女がいもち病の発生を予測した可能性は捨てきれない。
白瀬は頭を捻る。どこかでピースを掛け違えている、と言う感覚があった。山神に捧げられる人身御供としての巫女、山神と繋がり神託を受ける巫女、その二つが繋がらない。おそらく、伝承がまぜこぜになった結果だと、白瀬は考えていた。とはいえ、山の意志をコントロールしようとするヒトの姿は変わらない。
だが、分からないのは、なぜ今になって山神が怒り始めたのか、ということだ。
何かないものか、とさらに資料集めを進める。物置の奥、お菓子の缶の箱に、アルバムが入れられていた。開くと、白黒の写真が並んでいた。
中学生だろうか、男子が三人並んでいる。父だろうか、男性と、叔父の若い姿だとすぐに分かった。そして、顔は似ているが一回り年を取った男性がもう一人。
「誰だ……これ」
アルバムを辿ると、ある日を境に、その人物は現れなくなってしまう。まるで示し合わせたかのように。
写真を数枚抜き取り、並べる。高校生までの写真しかない、謎の男。父に兄が二人居たとは聞いたことがない。
何かの役に立つかもしれない、そう思い、クリアファイルにしまう。白瀬は立ち上がり、資料を鞄に詰め込むと、家を出た。もう帰ってきたくなかった。
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